第3話*部室と入部届*

「ここの長屋みたいな建物なんだけどさ、奥の二部屋はテニス部が使ってるから入ったらダメだよ。それから、手前にあった水道はテニス部と、向こうに見える弓道場から弓道部の人も使いにくるから綺麗に使ってね。土とかで汚したままにしといたら追い出されちゃうから」

 そんな話をしながらテニスコート二面がよく見える部室のドアを開けると、二人に入ってもらおうと勧める。

「どうぞ入って」

「うお! 長靴が並んでる」

 入り口には、私と真空のものが置いてあるだけでなく、幽霊部員や卒業した者のまだ使える長靴まで放置されていた。なので、三浦じゃなくても引かれるだろう。

「窓際には、エプロンが掛かってるよ」

 加えて洗濯干しに掛かっているそれや手袋を見た渋川には、片付けられない人たちかと思われたかもしれないがそれは違う。

「うん、ちゃんと干しておかないと付着した水が腐って臭くなるからね。このエプロン、ちゃんと防水、ポケットつきで菜園に向いてるやつなんだよ」

「そうなんですね。こっちの丸い穴がたくさん開いた缶はなんなんですか?」

 直径十センチぐらいの平べったい円筒形で、等間隔に穴があいた缶のことである。

「それは蚊取り線香入れだよ。クラシックだろ?」

「えっ? あの緑のぐるぐるの入れるんですか?」

「そうだよ。火をつけて入れるなんて恐ろしいよね。今なら電池式のあるし、夏場の作業用に買っておいてもいいかもね。部費で買えるか考えてみないとな」

 私の動きに気がついた真空とで、壁沿いにあった机を部屋の中央に運ぶと折りたたみ式のパイプ椅子を並べる。

 ここで私は、用紙を取り出し本題を切り出した。

「ほいじゃあ、よろしくー」

 入部届けだ。

 渋られることもなく苦笑いをしながら渋川は書き始めるのだが、三浦は入部届けを凝視したまま止っている。

 用紙には、学年・クラス・名前を記入すればいいだけなのに、ハンコも保証人も要らないのに、何故サインせんのだろう。もちろん、老眼の人には読めないような小さな文字での注意書きが下の方にたくさんしてあるようなこともないのにである。

「何か分からないことあったら、どんどん聞いてよ」

 私は手を差し伸べてみる。すると、

「いや、そうじゃなくて、ペン貸してくんないかな?」

と必要なのは、手ではなくペンのようだ。

 部室から直接帰るのが当然の私たちは鞄を持ってきているが見学者が持っていないのは当然で、むしろ渋川の準備が良過ぎるのだろう。

 私は、鞄から取り出したボールペンを三浦に渡した。

「紗綾これ」

 今のうちにと真空も、持ってきている鞄から他の人の入部届けを取り出すと私に渡す。

「預かってきたから確認して」

「うん」

 確認というか、パラパラ見るだけなのだが。

「二年が一人、三年が五人か」

 形だけと頼まれた同級生の分と、活動する気がないと事前に言われていた三年生五人分だ。

「ありがとう真空。それじゃあ二人の入部届けと一緒に顧問に渡しておくよ」

「ええ」

 渋川も三浦もとっくに書き終わっていて、待たせてしまっていた。

「ああごめん、お待たせ」

 気が変わらないうちにと急いで回収する。

「よし! 菜園部にようこそ。歓迎するよ」

「これからよろしくお願いします」「お願いしまーす」

 丁寧に頭を下げる渋川。力が抜け、全く“お願いします”感のない三浦。

「うむ。これからは私のこと、部長と呼びたまえ」

 胸を張り両手を腰に当て口を力強く閉めると“どーだー”と構えて見せる。

「はい! 部長」「よっ! 部長」

 いや、三浦。“よっ”ではたくさんいる大統領のようになってしまう……まあ、それはいいや。だけど部長らしく、釘を刺しておかなければならないこともある。

「今は活動少ないけど、これから暖かくなると水やりが増えるし、誰もやらないで枯らしたら困るから来られない時は必ず連絡するようにしてよね」

 あまり言って、ずっと来られないとなっても困るのでこの辺かなと。

「それじゃあまた明日の放課後、ここで集合で」

「おっけー、部長それじゃあ」

「分かりました失礼します」

 自己紹介を互いにしていたのだから知り合いではないのだろうけど、一緒に部室を出て行った二人の話声が聞こえてくる。

(もう、三浦さん。先輩に『それじゃあ』だなんて、そんな話し方したらダメだよ)

 なんだかうまくいきそうな気がするのである。


「紗綾。私たちも帰りましょ」

「そうだね」

 鞄にボールペンをしまい、入部届けを持って外に出る。

 真空が部室の鍵を閉めると一緒に職員室へ向い、北校舎を抜け中央校舎二階にある職員室に入る。そして真空が部室の鍵を戻している間に、私は顧問のもとへ入部届けを出しに行くことにした。

里見さとみ先生。新入部員の届けを持ってきたのでお願いできますか?」

「ああ、手続きしておくよ。うん、結構入ったね」

 担任を持っているし、菜園部の顧問は仕方がなくやっているのだろうけど、渡してもうれしそうにはしていない。

 中身の検討がつくんだろうな。

「はい。内容は毎年のことです。でも、一年の二人には期待してるんで一度、部室に顔を出して欲しいのでよろしくお願いします」

 私は先生にはっきり言ってから、真空が待っている廊下に出た。

 一階に下ると、登校時には第二の関門となる下駄箱で靴に履き替え、第一の関門である正門へ向って石畳風の通路を進んだ。

「ああ、なんか今日寒いな。真空、寒くない?」

「別に普通。紗綾は、おでこを出してるから寒いんじゃないの?」

「いやいや、これはいつもだから!」

 正門を出ると今度は、下を走る県道まで結構な下り坂だ。

「なんかさ、あの二人見て思い出したんだけど、一年の時は門の前にこの坂だしさ、門入ったら中央棟の下駄箱を回ってからじゃないと南棟の教室へ行けないとかでさ、学校を作ったやつはこんな設計じゃ遅刻するって分からないのかよって思ったんだよね」

「もう、紗綾は学校まで近いんだから、もっと早く来ればいいでしょ。それに私より、下駄箱から教室まで近いじゃない」

 坂を下りきると最寄り駅に向って歩く。電車で来ている真空と、駅前のマンションに住む私はいつも一緒だ。

「いやいや、それも問題。下駄箱から近い、イコール職員室が近い。だから先生がすぐ来て授業が時間通りに始まってしまう。一方、一番端の真空のクラスまでは、移動でタイムロスが期待できる」

「よかったじゃない。同じ授業料でいっぱい受けられて」

「ヴー」

 それはうれしくない。

「ところでさ、私すごくない? 二人も一年連れてきて」

「それは素直に褒めてあげるわ。でも、三浦って子、変ね」

「そうなんだよ。やっぱ変だよね。最初に会った時あの子、私の神聖なる心にいちゃもんつけるし、自分のクラス疑問系で答えるし」

「そうなの? なんでも疑問系で喋る人もいると聞くけど、そうなのかしら。それで神聖な心って何よ?」

「それは私がお地蔵さんと内なる言葉で会話しているときのこと、後ろから……」

「あー、はいはい。言っておくよ。電波を止めてくれてありがとうって」

 聞いといて止めてくる真空なのだが、一年の時からこうではなかった。

 三浦が言うように見た目がクールなだけじゃなく、話さないので周りには性格もクールだと思われていて私も最初会った時は、(こいつ何するために部に入ったんだよ)と思ったもんだ。でも意外で、活動を一緒に続けてくれる唯一の生き残りになったわけだ。正直反省してるんだよね。

 そんな感慨に浸っているともうすぐ駅であるが、全く栄えていないので駅の存在感が伝わってこない。住んでる私が言えた義理ではないのだけれど、ちょっとした買い物でも駅ビルなどがある隣の駅までいかなにゃならんのでムカつくのである。

「それじゃあ、真空。またね」

「うん」

 私は手を小さく振って駅舎に入っていく真空を見送ると、小走りで家に帰ることにした。

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