第12話*綺麗なお姉さん*~合宿二日目~
初日は移動だけで仕事をしていないのに爆睡してしまった。きっと私は、まだ育ち盛りに違いない。そんなこと思いながら朝食をとっていた。
「おはようございます」
朝っぱらだというのに、誰かが訪ねてきたようだ。
「はーい」
その声に、返事をした里見先生が身軽に玄関へと向う。
おかしい。朝なのに、先生なのに。
加えて何より、尋ねてきたその声が女性なのだから見に行かないわけにはいかなかった。
ジーーーッ
廊下から里見先生の後ろ姿を通してその先を覗いていると、黒髪ロングのストレートが似合う綺麗でスレンダーなお姉さんが立っている。だから私は、里見先生がお金を騙し取られる前に声をかけることにした。
「先生その方、誰なんですか?」
「幼馴染だよ。毎年、苗を用意してくれるお店のお嬢さん」
「ああそれで、部に顔も出さないのに苗の注文だけはやってくれるのか」
「何言ってるんだよ。アハハハハ」
引きつってる。先生、引きつっているぞ。などと思っていると、
「あなた達ね?」
と、こちらを見たお姉さんが。達ね?
一人で覗いているつもりだったのに、振り返れば後ろには李華がいて、さらにその後ろには小袖がいた。それで『達ね』なのは分かったけど、真空はやっぱりこういうのに興味ないんだな。
そう思い、お姉さんの方へ顔を戻すと、門から玄関へと続く生垣に埋まっている人影を発見する。
慌てながらも、お姉さん越しに生垣をじっくり観察する。
「えっと、真空さん?」
「そうよ、私の顔忘れたの?」
そうじゃなくて、なんでそんなところにいるんだよって話なんけど……聞くまでもないか。
なかったことにして、お姉さんとの会話を再開した。
「えっとそれで、何があなた達なんですか?」
「里見君のお父さん、今日はとうもろこしの査定会に行かなければならないので収穫体験をやるのは無理なのよ。それでそれは明日にするから、今日は代わりにどこかへ連れていてくれないかと由美子さんから頼まれたの。だからあなた達四人が来ることを聞いていたの」
「そうなんですか。ところでその査定会って何でしょうか?」
「それは市場関係者や関係機関などと生産者の人が集まって、出荷する作物の規格なんかを確認するための話し合いのことよ」
「へー、そんなことやってるんですね」
私たちは綺麗なお姉さんこと
ちなみに優菜さんの車で移動していて、助手席には部長である私であとの三人は後ろ、里見先生はといえばお父さんの代わりに働くことになったので置いてきたのである。決して里見先生と一緒に行きたくない優菜さんが定員を理由に断ったわけではない。
「とうちゃーく」
優菜さんが明るい声で言う。だがそこは、会社は会社でも見た目は工場であった。
「ささ」
案内されるままビニールハウスに入る。
「イメージしてたビニールハウスと違うね」
小袖が言っているのはたぶん、半円形の薄いビニールがかぶせてある物のことなのだろう。しかしここはしっかりした骨組みの普通の建物みたいな、しいて言うなら植物園を工場のように単純化した建物なのだ。
「接ぎ木を作るために種から育ててるんだけど、苗質を均一に揃えるために光・温度・湿度、みんな調整してるのよ」
お姉さんの説明はまだ続く。
「ここに並んでいるトレーの網のようなところ一つひとつに種がまいてあるの。まくのは機械でできるんだけど、最後は人が確認してるわ。それから、植え込み後ハウスを回るのは今みたいな季節は暑いし、テーブルみたいに上げて並べてあるといっても出荷前の確認では覗き込んだりするから腰も痛くなって大変なのよ」
移動して次に、接ぎ木の作業をやっている所も見せてもらう。机が並んでいて農作業をやっているというよりも事務所みたいだ。
そんなことを考えていてふと思う。そういやここに着いてからというもの、李華は何も喋っていないんじゃないかと。興味がないにもほどがあるが、ここまで喋らないと怖い。
「まあこんな感じかな。そんなに見るところもないし飽きたでしょ」
初めて会ったお姉さんだって、そりゃ気がつくよな。
「どこか行きたい場所があったらリクエスト聞くけど?」
どこかと言われて、荷造りをしているときに日焼け止めがほぼ尽きているのに買い足してなかったことを思い出す。
「明日の作業に備えて、日焼け止めとか買っておきたいんですけど」
「いいわよ、行きましょう」
私のリクエストで、お昼も兼ねてショッピングモールへ行くことになった。
走る車の中、載せてあった地図が目に入ったので今どの辺なのかなと聞いてみることにする。
「駅の方に行くんですか?」
「ううん、駅じゃなくて国道沿いなんだよね。三十分ぐらいかかるよ。この辺、地図で見るより広いから」
三十分と聞き、お姉さんには言わなかったが意外とあるなと実は驚いていた。
しかし到着してみると、かなり広いモールで来た甲斐がありそうだ。
「おお、期待していた以上だ。入ろうぜ」
李華がこのような発言を車の外ではくれぐれもしないでくれと祈りながら、降りると建物に入っていく。
「おいしそうだな、ドーナツ」
「もう李華、ちゃんとしたご飯食べようよ」
「じゃあ部長は何がいいんだよ?」
「そうだねぇ、パスタやピザはバジル育ててる手前くやしいんだよな」
「別に他のメニューもあるだろ。それに小麦やチーズ作ってるわけじゃないのに」
「まあ、そうなんだけどさ」
すると優菜さんが、
「それなら和食でいいんじゃない?」
と提案は、いいんだけどなー。
「いいわよ、お姉さんがおごっちゃう」
ちょっとそれは高そうだなと思っていたことが、顔に出ていたらしい。
結局、甘い言葉にそそのかされ、小分けされたうどんなどもついた御膳セットをおいしくいただいてしまう。結構な値段をおごらせてしまい、私たちの買っている苗の量では赤字だろうにと罪悪感に駆られなくもない。
「いやー、おいしかったな。和食で正解だったな」
李華はそんなものに駆られることはないようだが、駆られてもしょうがないことなのだからここは李華が正解なのかもしれない。
だがまた、李華のやつが言い出すのである。
「アイスもあるな」
「あっちには、たい焼きがあるよ」
李華の言葉にまたアイスなのかと思っていると、小袖までたい焼きなどと言い出す始末だ。それを聞いた私は、あんの上にアイスがいいなと考えてしまい、十分流されていた。
「たい焼きなら先生へのお土産にできるわね」
真空がそう言うので、帰りにそれを口実に自分の分も買ってしまおうと思いながら巡っていると、テラスを見つけ出れば海が見えるのでほのぼのしてしまう。
「ここでも海が見えるね、ちょっと遠いいけど」
「見てください部長。あれ、風車じゃないですか?」
小袖が海の上にある風車を楽しそうに指差す。
そんな感じでしばらくぼーっとしていると、
「そろそろ買い物に行きましょうか?」
そう優菜さんに言われ、来た目的を思い出すのであった。
大量の日焼け止めや、蚊に刺されたくないと虫除けスプレーなども買いレジを終わらせると、今度はたくさんのスイカが並べられているおいしそうなイベントと出くわす。
「試食、試食あるのかな?」
小袖に李華も一緒になって、試食コーナーを発見するといってしまう。
だけどこのスイカ、全体が黒っぽくてギザギザの縞模様がないよね? 幟には、品種の名前が書いてある。
「ブラックジャック?」
そんな医者もいたなと思う名前だ。
それはともかく、試食で二人が満足しているうちに帰らないと、今度はスイカを菜園で作りたいと騒ぎかねない。
追いつくと真空が私の気持ちに感づいたようで言ってくれる。
「そろそろ戻りましょうか。七人分の仕事をママさんだけにやってもらうわけにいかないし、手伝わないと」
二人を納得させることに成功して、帰路にこぎつくのであった。
家まで送ってくれた優菜さんにお礼を言っていると、車が来ていることに気がついた里見先生も家から出てきてお礼を言う。
「それじゃあね、みんな。来年も注文、お待ちしてますよ!」
可愛いお姉さんはそう言うと帰って行く。私たちは田舎の子供のように走る車に手を振った。
「お前たち、どうだった?」
「うん? 楽しかったよな」
里見先生の問いに李華が答えるのだが案の定、
「楽しかったかじゃなくて、勉強になったかだよ」
と、言われるのである。
「まあまあ、先生。お土産」
私は四角い謎のたい焼きを渡す。
「おお、悪いな。ところで、お昼はちゃんと食ったか?」
「うん、おごってもらったよ」
「そうだったのか、悪いことしたな。知っていれば帰す前に渡したのに」
「先生、それはともかく」
「なんだ」
「そのたい焼きは部費でお願いします」
「お前なぁ」
こうして、優菜お姉さんとの見学会は終わったのであった。
夜になり、李華が枕を手元でぐるぐる回しながらブツブツ言っている。
「どうしたの?」
「なあ、部長。この枕固くて、ざわざわゆうんだけど、なに?」
「何って、そばがらの枕でしょ」
「ふーん。でもさ、これで枕投げやったら死にそうじゃない?」
「別に無理してやらんでもいいでしょ。それに枕投げは修学旅行でやるもので、合宿でやるものじゃないの。だからもう寝てしまえ」
「そうだな」
私の言葉に李華は意外にもあっさり引き下がると寝てしまう。
私も寝よ。
布団に入るが心配になってくる。きゅうり、育ち過ぎたらおいしくないから戻ったら急いで収穫しないとなぁ。
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