第11話*ショートパンツ*~合宿初日~

 今日も天気がいい。それなのに遅い朝になったのは、部員たちの要望を部長である私が寛容に受け入れたためとしておこう。

 集合場所である部室に真空と入ると、合宿が唯一の活躍の場である里見先生が一番乗りで待っている。

「あー、眠い」

 パイプ椅子に座り、目を瞑る里見先生が上を向いたまま言う。これから運転があるのに平気なのだろうか? 心中はしたくない。

 そういや合宿の服装は四人しかいないということで、制服でなくてもよいだろうとなって私はTシャツにショートパンツにしたのだが、真空は同じショートパンツでも襟付きのシャツで清楚感があり、私との差をしっかりつけていたりする。

 小袖と李華もすぐに来て、李華はデニム生地のショートパンツで私より短く、いやらしいような。それに比べ小袖は、7分ぐらいの裾で可愛らしい。

 そんな李華の生足を凝視していると、勝手に言い訳をしてくる。

「だってしょうがないじゃん。動き易いようにパンツでって言うけど、これしか持ってなかったんだから」

「ほらほら言ったじゃん、李華。そんなパンツじゃ怒られるって」

 小袖もそう言っているので、注意しておくことにする。

「合宿は一応、学校行事なんだからもっと大人しい格好じゃないとダメですよね、先生」

 里見先生に一言、言ってもらおうと振るのだが、

「ああ、そうだな」

としか言わない。

 そんなんなので代わりに小袖から、

「ほら、里見先生も独身なんだからそうゆうのよくないって」

と、指導をしてもらうのであった。

 こんな具合にいつもの四人が揃ったところで、部室に置きっぱなしにしている長靴やエプロンを袋に詰める。そして着替えなどの荷物と一緒に持つと、里見先生が借りてきたレンタカーがとめてある職員用駐車場へ向った。

 ピヨピヨ。

 先生が車の鍵を開けたところで、荷物を積もうとバックドアを開けた私にこもっていた熱い空気がモワっと襲いかかってくる。

「あっちいー」

 私は顔が歪む。

「ほんと、駐車場が学校で一番日当たりがいいんじゃないかしら」

 駐車場は南校舎の南側にあるのだから、真空の話は間違いないのである。


 積み込みも終わり、車に乗れば出発だ。

 車は、毎日かったるく歩いている正門から県道に出るまでの坂をスーっと下りていく。

「これから行くところは先生の実家なんですよね?」

 小袖に聞かれた里見先生は、

「うん、そうだよ」

と、簡単に答えるが続きがあった。

「実家が農家だと聞きましたけど、それでも先生は菜園のことあんまり詳しくないんですよね」

 小袖のやつ、私が自己紹介のときに物理の先生なのに詳しくないと話したこと、覚えていたんだな。私たちなら、こやつが急に痛い発言をすることに慣れているけど、何も知らない里見先生は免疫を持っていないはずだ。

 ご機嫌斜めになった里見先生が、冷静さをなくし事故なんて展開になっては困る。放置できんな。だってやっぱり、心中はごめんだからね。

「小袖。五月に送られてきた苗、里見先生が注文してくれたんだよ。実家の伝があるからこそいい苗を選んで送ってもらえるんだから。もし、連休開けになってから近くの店で探していたら、同じ種類の苗でも良いものから売れていくし、そもそも欲しい種類が残っていないこともあるしで、だから助かってるんだよ」

 私は子供に言い聞かせるように丁寧に説明した。フォローも楽ではない。


 ようやく高速道路に乗ったかと思うと、いくらも経たないうちに海が見えてきた。

「海だ、海。小袖、海だぞ」

 気持ちのいい空の青と海の青に、李華じゃなくても騒ぎたくなるところだ。

「こっちからも見えてるって。それよりほら、橋がすぐそこに、ベイブリッジだね」

 そのまま橋を渡り進んで行くとまた橋が続く。

「小袖、また橋だな」

「ほんとだ、今度のは上で柱がひとつになってるね。えっと、これはなんて名前なんだろ?」

「この橋は鶴見つばさ橋っていって、そのひとつになっている主塔の高さと全長は、ベイブリッジをしのいでいるんだよ」

「へぇ~。先生、地理は詳しいんですね」

 物理の里見先生はいいところを見せたのだが、小袖のジャブは続く。そして李華のストレートもだ。

「全長って言われても、ずっと橋みたいなところ走ってるんだから、どこからが橋か分からないけどな」

 李華がそう言ったからではないが、海底トンネルに入って行く。

「海ほたるって書いてあるぜ、寄ろうよ」

「はい! はい! 私も行きたいです」

 李華の提案に、小袖も大賛成と乗ってくる。

「夏休みだし、天気いいから混んでるかもな」

「そうだよ。先生の言う通りで、着くの遅くなっちゃうよ」

 私が否定的とみると小袖は、真空に応援を期待する。

「真空先輩、休憩なんてどうでしょうか?」

「私は去年行ったから、行かなくてもいいけど」

 必要以上に正直な真空が平然と答えるものだから、

「なんだよ。さては去年、寄ったな」

と、李華に足を取られてしまい、

「あー、どうだったかなー」

と私は、とぼけておくしかなかった。

「そうなると思ってうちの親にはお昼、用意しておかなくていいとは言ってあるけどな」

 里見先生はお見通しであった。なので車は、ある意味予定通りのコースとなる海ほたる駐車場へと針路をとるのであった。

 計画の範疇に入れておくとは先生も分かってるなと思いながら、エスカレーターで上がっていく。

「なあ、ソフトクリームあるよ。食べようぜ」

 それは李華に言われるまでもなく、食べるつもりだったので否定はしない。

「まだ上の階があるな、小袖」

「待ってよ、李華」

 ソフトクリームを買ったあとも、李華に振り回されながらついていく。そして最上階で、デッキに飛び出た。

「何これ、オブジェ?」

「李華、それは帆をイメージしているのよ」

「真空先輩はよく知ってますね」

「そんなことより景色見ましょうよ。分かっているけど一面海っていいわよね」

 船をモチーフにしたこの建物の上で風に髪をなびかせる真空を見ていると、映画に出てくる豪華客船で旅をするお嬢様のようだ。

「おおー。道路もすごいことになってますよ」

 トンネルと橋の接続に加え駐車場の出入り口を結ぶ道は、かなりある傾斜も手伝い不思議な空間を見せている。ただそれで、はしゃぐ小袖の姿は幼い子供にしか見えなかった。

「飛行機、近いな」

 音や見た目の迫力に、李華はうれしそうにしている。

「俺は実家が空港に近いから、ありがたさがないけどね」

 ここで里見先生が水を差したので、車に戻ろうということになる。ほんと、水を差すのはプランターだけにして欲しい。

 途中、私は発見してしまう。

「ムム! お土産コーナがある」

「うちにはいらないよ。気遣わないで」

「先生のところにじゃなくて、自分たちの分」

「そうだろうと思ったけど、荷物になるから帰りにしなよ」

「そうだけどさ、帰り天候悪くて寄れないとかないよね?」

「たぶん大丈夫だろ」

 それでも、チェックだけさらっとしてみる。

「ところで東京、千葉、横浜土産って書いてあるけど、神奈川土産とか川崎土産とか言わないよね」

 すると真空が小声で、

「それは、大人の事情よ」

と言うので、理解してあげることにした。


 夏の陽は長いからまだ夕方とまでは言えない頃、里見先生の実家に着く。とはいえ、それなりの時間にはなっていたので、すでに仕事を終えた里見先生のお父さんとお母さんが出迎えてくれた。

 瓦屋根ですごく広い家だと、小袖と李華は興奮している。

 知っていたからというわけではないけどそれよりも私は、里見先生がご両親の事をもう歳だなんて言っていたことを思い出しながら、短髪にしているがまだ毛の量が多いパパさんを見て、先生の方が危ないんじゃないかと気になっていた。

 フサフサなのは、ママさんのおかげなのだろうか?

「よく来たね」

 そのママさんだ。少しふっくらしていてパーマも健在で、去年と全く変わらない姿なのである。

「お世話になります」

 みんなで一礼すると、私たちを二階の泊まる部屋までママさんが案内してくれる。

「荷物置いたら下の居間にお菓子用意してあるから食べに来てね。部屋の場所分かるわよね? 紗綾ちゃんなら」

「はい、由美子ゆみこさん。覚えてますよ」

 私の返事を聞くと、ママさんこと由美子さんは一階に戻っていった。私は名前で呼ばれたことで、覚えてくれていたんだなとうれしさで鳥肌が立ったのだけど、その気持ちは伝えられなかった。

 私たちが居間に下りて行くと、誰もいない部屋のテーブルの上には麦茶とお菓子が置いてあり、座布団も四枚敷いてあった。そして目線を上げていけば、縁側のその先には家庭菜園がある。

「トマトだよ! トマト。夏っぽいな」

「ほんとだね李華。トマトおいしそうだね。私たちもこんな大きくて立派なトマトを作れるようになれたらいいね」

 李華も小袖も……、私は叫ぶ。

「あんたたちは、トマトトマトってカメムシかー!」

 その日の晩、二人の声が聞こえたからかは分からないけど、ママさんが作ってくれた夕飯のサラダにはトマトが満載なのであった。だから私はママさんが振り返った瞬間、トマトを真空の皿にワープさせることで生トマト攻撃を凌ぐ他なかったのである。

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