夏の章
第10話*どうでもいい李華*
それから十日後、地方予選の第一回戦が行われた。
スタンドの入り口を探しながら進む部長と真空先輩の後ろをついて歩いているけれど、周囲を見ていると人はまばらにしかいない。
「あんまりお客さん、いないんだな?」
私は横の小袖に小さい声で話したつもりだったが、部長が顔だけをこちらに向けると代わりに答えた。
「まーねぇー。まだ、一回戦だもん。それにうちの高校も相手の高校も有名じゃないし、関係者ばっかりでしょ」
入り口に着くと部長がチケットを一人ずつに渡してくれる。
「ハイ、これ。李華も」
「部長、事前に買っておいたんですか?」
「違うよ。私じゃなくて、学校が関係者用に買ったのを栗山が回してくれたってわけ」
なるほどと理解して、私と小袖がうなずいていると急に、
「『真空さんにお金を出させるわけいかないよー』ってな感じで、用意してくれたに違いないのだ」
と部長が、天を仰ぐような怪しい振り付けでくるくる回りながら歌い始めた。
「それじゃあ、行きましょうか。もう始まるんじゃないの」
眉ひとつ動かすことなく静止し、完全にスルーに入っていた真空先輩が何事もなかったように言う。それはその通りでまもなく開始予定時間だったので、部長を無視してさっさと入場することにした。
スタンドをどんどん上がり、父兄と思われる人たちの後方へこっそり進むと背もたれがないのっぺらな座面の席に座る。
「李華は野球のルール知ってる?」
席に着いた途端、小袖が聞いてくるのだが私はなんでも知っている。
「うん、分かるよ。小袖、分からないの?」
「ううん、私も分かるけど、李華のことだからクリケットのルールしか知らないとかあるのかなと思って」
なんだこいつは。私のことを一体、何者だと思っているんだろうか。
うちの学校が守備側に変わると栗山先輩がライトの守備に入り、一塁側のここからだと結構よく見える。
「栗山先輩からもこっちが見えるんじゃないですかね? 真空先輩、アピール! アピール!」
「もう、試合中なんだからこっちなんて見てないでしょ」
そんなわけはないと思うけど、恥ずかしがって真空先輩は何もしてくれない。
試合の方はといえば甲乙付け難い展開なのだが、決していい勝負という感じでもなく。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
そんな気分でもなかったんだけど、私はそう言って立ち上がるとフラフラ歩き回った。
うちの学校弱くて見てらんないよな。そんで、そのうちと張り合ってる相手もどうなの? このままじゃベンチ温めてる近藤先輩の出番もなさそうだし、ちょっくら手を貸してやるかな。まっ、どっちもどっちなんだし、恨みっこなしってことで。
弱小戦で競っているところに魔法の力を隠れて使う。
その魔法は、守備をしていた相手選手の手元でバウンドした球に変化を与え、エラーを誘うものであった。そしてそれが点に結びつく。
席に戻ると私はわざとらしく、
「あれ、点入ってるじゃん。困ったね~」
と、ニッタとする。
「何で勝ってるのに困るのよ」
「だって、また応援に来ないといけないでしょ」
突っかかってきた部長に、私はそう答えておく。
結局、第一回戦はそれが決勝点となり、城見坂を勝たせることになった。
第二回戦も予想していた通り、応援に行かされることになったんだけど、今思ってもどこか落ち着かない。
早かった。あっと言う間に負けてもう家に帰ってきてしまった。別に入れ込んでたわけじゃないと思うけど、みんな喋りもしないし、雰囲気暗いから遊びに行こうって言える感じでもなかった。今日の残りは一人ゆっくり、家で過ごすかな……。
この試合の観戦チケット、私たちの分は栗山先輩が菜園部の部室まで直接持ってきたけど、でもさ、部長と同じクラスなんだから渡しておけばいいのに、真空先輩の顔、見に来たんだろ? ついでに私たちもいてすいませんでした、みたいな。
栗山のやつ、調子に乗りやがって。
だけど第一回戦に勝ってから野球部に関係ないやつらまで騒ぎ出して、『万年一回戦負けの野球部が奇跡だ』とか言いながら、うれしそうにグラウンドまで練習を見に来るやつらまで現われて、そんで六日後の今日に負けたらあの落ち込みよう。
お前らそんなに応援してたっけ? うちの学校の実力分かってたじゃん。なに浮かれてんだよ。
私は、エマが地区代表に選ばれたときのことを思い出していた。
だから栗山先輩のことは気に食わないけど、これからは少し手加減してやろうかなとちょっとだけ思った。
甲子園への道が絶たれたからといっても、それはまだこの夏のことだけであって野球部の練習は続くんだろうなと、炎天下での作業中にスポコンマンガのネタを思い出していた。
そんな時、真空先輩をお目当てにしている栗山先輩が菜園に近づいてくるのを発見する。
「部長、部長」
私は小さな声で呼びながら、肩の辺りまで上げた手の指をニギニギして部長をこちらに向かせると、栗山先輩の方を指差した。
「イッヒッヒッヒ」
私の笑い声に合わせるように、部長は眉を上げ唇は波打つような形を作り、そのままこちらに寄ってきた。
「ほいじゃあ先輩、あとはよろしく」「真空、あとはお願いね」
部長と一緒に声をかけると、何が起きたかのかとキョトンとしている真空先輩を置いて退散した。
う~ん、何話すか気になるけど、さすがに今回は物置に隠れる隙がないし、部長と並んで歩いていてはなぁ。
「部長、トイレ行ってきます」
「うん、李華、よくトイレ行くような気がするけど近いの?」
「そんなことないと思いますけどねー。それより、もうすぐ小袖も来ると思うんで、菜園に行かないように部室で足止めしておいてくださいよ」
これで一人にはなれたけど、そろそろ違う理由を考えないと頻尿だと思われてしまう。
もちろん、ここで一人になったのは魔法を使おうとしたからで、急ぎ足で戻るとテニスコートを囲んでいる木の裏側に回り込み、その陰から真空先輩と栗山先輩の様子を伺うことにした。
フッフッフ、喰らえ忍法“盗み聞き!!”
すでに忍法になってしまっているがそれはさて置き、離れた場所から聞くために空気の波長を増大させて遠くの音を聞くことにする。
ミーン! ミンミンミン!!
うぎゃ!! いかん、セミの鳴き声が大きすぎて鼓膜が破れそうじゃないか。しかも会話が全く聞こえん。
待て待て作戦変更だ。えっと次は、忍法“読唇術! ズーッム!!”
栗山『あのさ、野球こんな結果になちゃったけど、やっぱり我慢できないし後悔したくないから言うよ。剣崎真空さん! 付き合ってください』
真空『ごめんなさい。野球がんばっているの知っていたし、同じ学校の生徒として応援はしていたけど、そういう感情は持っていないの』
栗山『そっか。分かったよ、気持ちの整理がついた。……約束の水やりにはちゃんと来るからそれは心配しなくていいよ。焚口にも言っといて』
真空『ありがとう。伝えておくわ』
栗山『それじゃあ』
真空『うん』
栗山先輩は、哀愁漂う背中を菜園の方へ向けると去っていく。そして、私の読唇術は完成度が高かった。
そのあと、真空先輩がすぐに部室に戻っていくので、途中で出くわさないように距離を取りながら戻ることにした。
「部長、戻りました。あれ、真空先輩、もう戻ってきたんですか?」
毎度魔法を使うのも大変で、戻って来たときの芝居も新しいバージョンを考えておかないといけないなと思う。
それよりもだ。小袖も部長からすでに説明を受けていたようで、落ち着きなく、何かを話そうと話題を探しているのがバレバレである。
そりゃこんなに早く戻って来られたら結果は分かるし、対応困るよな。
しかし部長は、さすがであった。
「終わった? それじゃあさ、揃ったところで来週行く合宿の確認するよ」
こうして日程と持ち物の確認をすると、いよいよ合宿なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます