第9話*怖い部長*

 大人数が収容できる食堂は、メゾネットタイプってやつだと思う。そんだから食べるスペースは二層になっていて天井も高く窓も広い。その中でも、中庭が見える特等席を陣取って私と小袖はメシにしていた。

「七月に入ったばかりなのに、もう限界の暑さだな」

「李華は、そうかもね。それで、もうすぐ期末なわけだ」

 小袖のやつは可愛い顔をして、痛いところをちょくちょく突いてくる。

 始めて会ったときの帰りもそうだった。

 あの時は、『隣のクラスなのに、全然気がつかなかった』とか言ってたかな。そりゃさ、みんなに魔法をかければ間違いないけど、自分のクラスのやつにかけるだけでも大変なのに、そんな面倒なこと出来るかっていう話なんだよ。あのベートとかいうジジイが魔法を使えるようにしてくれたのはいいんだけど、術を使おうとすると地の髪色が出て赤っぽくなるから隠れて使わないといけないとか、ほんと、つっかえねえんだよなー。

 それから、この前の合宿の話のときもさ、『即答するなんて。めんどくさいから行きたくないなんて言い出すかと……』とか。その通りで、めんどくせえよ。だけどうるさい司祭から言われてるから、真空が言うところの大人の事情ってやつで、家にいちゃ依頼ができないしで、付き合ってやろっかなーって、だけなんだからさ。

 それからそうだ。家に宿題を手伝いに来てくれるのはいいんだけど、『今度カラオケに行こうね』とか言うから、付き合いに備えて歌う曲を考えて聴いておかないといけないじゃないかよ。

「どうしたの、李華? 黙っちゃって」

 小袖が潤んだ目で下からこちらを覗き込んでくる。

 自分の発言を気にしてるのかな? これじゃあ私のような正直者でも、愛らしくてとてもじゃないけど本当のことは言えない。

「うん? いや、えっと、そういえば部長と真空先輩を食堂で見たことないなと思って」

 話を逸らすために口にしたんだけど、考えてみると確かに見たことがない。

「そうだね。部長たちは、お弁当じゃないの?」

「そっか。食堂のメニューいまいちだもんな」

「もう李華、作ってる人に失礼だよ」

「あーでも、冷房の効きは最高だから、外には出たくないかな」

「もう……」

 小袖に呆れられるのはいいとして、つながっていない校舎へ戻るためには外気に触れなきゃならなんわけで、そう考えると動きたくなかった。


「あっちーよー」

 放課後、小袖と部室に行けば蒸し風呂状態の部屋には誰もいない。

「小袖、暑いから帰ろうぜ」

「ダメだよ、李華。鍵開いてるんだから、先輩たち菜園で作業やってるんだよ」

 だろうなと仕方がなく菜園へ向う。

「ちょっと待て! 小袖」

 菜園手前で異変に気がついた私は、小さな声で急ぎ小袖を止めると指で合図し、高さも横幅も一メートルぐらいしかない物置の裏に二人して隠れることにしたのだ。

「なあ焚口。この網の中、随分葉っぱがひしめき合ってるけどいいのかよ?」

「なんだ、栗山か」

 おいおい、部長とこの前の暴投やろうが、一緒にいるじゃないか……投げたかは知らないんだけどさ。

「なんだとは何だよ。見えてただろ」

「うるさいな。それは網じゃなくて、寒冷紗」

「寒冷紗? まあそれよりも、狭いんじゃないかって話なんだけど」

「狭いけど網取ると虫がつくし、それが実に入ってたりしたらキモイだろ。それにえだまめは自家受粉するから大丈夫なの!」

「お前も網って言ってるじゃないか」

「もう、うるさいな。何しにきたんだよ」

 口が悪いのは部長も、百歩譲って私も同じだと分かってるんだけど、今日の部長なんか怒ってるっぽい?

「何って、夏休み手伝う約束したから、やり方教えて貰おうかと思ってきたんじゃないか」

「やり方も何も土が乾いてたらそこに水まいて、虫がいたらやっつけてくれればいいだけだよ」

「そっか、まあ分かったけど」

 部長が怖いから、野球少年が怖がっているじゃないか。可哀そうに。

「それじゃあもういいだろ。お前が来ると土が酸性になる。あっちいけよ」

 部長が手で払い、追い返そうとしている。

 ふむ、やさしい私としては、放ってはおけまい!!

「部長、そんな冷たいこと言わなくてもいいじゃないですかー」

 ……。

「李華、見てたの? 見てる暇があったら作業手伝いなさいよ」

 怖い、非常に怖い。

 なんの前振りもなく、無意識のニコニコ顔で出て行くことは自殺行為であった。

「小袖も一緒?」

「はい、部長。すみません。何しましょか」

「そうね。さつまいもの、垂れてマルチにつきそうなつるを、葉っぱの上にあげといて」

「はい! わっかりました」

 小袖はさつまいもが埋まっている畝を必死に見て回り、部長から距離を取ろうと仕事を探している。

 しかし私は、部長に負けるわけにはいかなかった。

 そうそれは、水やり当番を決めた時から始まっていたのだ。


――――――

「いい李華? 順番なんだから学校休みの日でも、水やり当たったら来なきゃダメだよ」

 なんで私にだけ言うんだよ!

「いい李華? なめくじの動きが遅いからといって侮っていると、回り込まれて痛恨の一撃を受けるから気をつけなさいよ」

 別に逃げなんか入れねえし!

「食うか食われるかなんだ! 害虫は見つけたら迷わず徹底的に叩き潰せ!!」

 そんなのめんどくさいし気持ち悪いから魔法でやってるんだけど、それでもイチイチ大変なんだって!

「あんまり見栄張ってスカート短くすると作業中見えるから、短くし過ぎないように」

 お前も短いだろう!! 

――――――


 とかとかとか、思い返すだけでもイライラするんですけど。

 とにかく、四人しか活動してないんだからしょっちゅう順番が回ってきて大変なわけで、誰でもいいから手伝ってくれって話なんだよな。

「はぁ、はぁ、はぁ」

「うん? 李華、なんで何もしてないのに息が荒いの?」

 “それは貴様との事を回想していたからだ”とは、部長本人には言えない。

「どうしたの、李華? そんなに息を切らして」

 おお! 真空先輩が来てくれた。これで部長の傍若無人も収まるな。

「聞いてくださいよ~、真空先輩! 部長ったら、そこのいがぐり君が手伝ってくれるって言ってるのに、足蹴に断ろうとするんですよ」

「いがぐり君?」

 そう言って真空先輩は首を少し傾げる。

「ども。俺、栗山っていいます。えっと、焚口と同じクラスなんだけど、この前プランターを壊しちゃって」

「あぁ、聞いてるわよ。夏休みの合宿中に、お水をやってくれるんですよね」

「はい。それであの、その前に野球部で夏の予選があるのですが、よかったら剣崎さん見に来ませんか?」

 あれ? 栗山先輩、真空先輩には“さん”づけかよ。分かり易いやつだな。

「なんだ栗山、そういうことか。手伝うとか言っちゃってさ」

 刺々しい態度から呆れるような様子に変わっていく部長にも言われている。

「そういうことって、別に野球部としては甲子園がやっぱり目標だしさ、みんなに見て欲しいだろ」

 栗山先輩、動揺しているのは分かるけど、余計なことを言っているぞ。

 そして、それを真空先輩は聞き逃すことはなかった。

「そうね。みんなで応援に行きましょう。手伝ってもらうんだから」

 菜園部として応援する口実もあるし、みんなで行くっていうことは『特別じゃないぞ!』って、真空先輩に言われてしまっていることに、こいつは気がついているんだろうか?

 悪気がある私は聞いておく。

「ところで栗山先輩。春はどうだったんですか?」

「えっ、いやうちの学校、選抜出てないから。選抜はいろんな形があるんだけど、選ばれないと出れないんだよ。秋の大会で活躍するとかね」

「へぇー。みんなが出れるんじゃないんですね」

 選ばれる方法は聞いても分からなかったが、うちの学校が弱小なのは間違いなさそうだ。

「それじゃあ練習があるから行くよ」

「ええ、がんばってね栗山君」

 真空先輩が、去っていく栗山先輩にやさしく声をかける。罪な女だ。

「紗綾、遅くなちゃったから私のやる事は、もう残ってないみたいね」

「……、うん? うん、ない。部室に戻ろっか」

 真空先輩いま、目をぱちぱちしたけどやっぱり部長、考え事してるよね。私がそう思ったぐらいだからたぶん同じ理由だ。


「ぎょえー、暑い。何で部室、窓開けとかないんですか部長」

「だって、風で物が飛んでいちゃったら困るだろ。ドアも鍵開けっ放しはよくないけど、そこまでは用具持ってるからしょうがなしでかけてないけどさ」

 窓を開け、ドアも誰のものだか分からない長靴を挟んどいて開けておく。

「それで部長、野球の試合っていつですか?」

「抽選で決まるからそれ次第だろうけど、結果が出たら同じクラスだし栗山が言ってくるだろ。どうしても来て欲しい人がいるみたいだしな」

 部長がそう言うと、三人の視線が真空先輩の方へ集まる。

「何よ、みんなで寄ってたかって。断れないでしょ」

 真空先輩が、ふて腐れた感情を顔に出すのをこの時初めて見た。

「ところで紗綾の話だと、二人いるんじゃなかったの? 水をやってくれる野球部の人」

「そうなんだけど、もう一人はなんかチャラそうだったし、来ないんじゃないかな。元々引き受けるつもりもなかったのに栗山が勝手に返事しちゃった、みたいな感じだったからね」

「そうなの。それじゃあ他に頼める人もいないし、さらに行かざるを得ないわね。ところでなんで彼、私の苗字知っていたのかしら」

 そこまで言われる栗山先輩には同情もしたいところだが、これは仕方がないことなのである。何故なら栗山先輩の目標は、菜園部でメロンを作ること以上に無謀だからだ。つまり真空先輩は、私の次に美人ということなのである。

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