第13話*かぼちゃ*~合宿三日日①~

 今日こそは農作業の手伝いということで早起すると、ママさんが作ってくれたご飯とおみそ汁、そして焼き魚もある旅館のような朝食をいただく。

 そしてその後、体育着に長靴の姿になると手袋を持って家の前の道に出た。

 いざ畑へ! と、四人で向き合うと気合を入れる。

「乗ってけ」

 車庫から出てきた車から、肘を窓枠にかけて体を乗り出しているパパさんがそう言ってくるのだが、それは二人乗りの軽トラなのである。

「みんな乗れないし、歩いて行こうかと」

 私はさすがに無理だろうと断るのだが、

「歩いたら遠いよ。荷台で平気だよ」

と言うので、あっ! そうなの? と、地元ルールでOKってことなのかと思ってしまう。

「ダメだよ、お父さん。そんなことして事故でもしたら、親子揃って廃業だよ。レンタカーあるんだから、これで行くから変なこと言わないでよ」

 里見先生が慌てて止めに入ってくる。

「先生、車出してくれるんなら、早く言ってくれればいいのに」

「いやいや焚口、去年も車で行っただろ。いま、車が汚れないようにビニール敷いてるからちょっと待ってろ」

 考えてみればそうだったような気もするような、しないようなで覚えていない。


 広がる畑の真ん中にあるでかいプレハブのような建物に到着すると、ちゃんと閉まっていない重そうな鉄の扉の隙間からメカメカしいものが置いてあるのが見える。

「おおー! パパさんこれで収穫するんですか?」

 建物に入ると、瞳を大きくして憧れの眼差しでそれを見る小袖は興味津々で聞くのだが、残念な答えが返ってきた。

「これは最近登場した生食用とうもろこしを収穫できるコンバインで借り物なんだが、まだ収穫時期にはほんのちょっとだけ早いので動かせない」

「ァー……」

 寂しそうに肩の力が抜けた小袖は、変な声を出している。

「今日は生育が早いのを選んで、食べる分だけ手摘み体験と言う事で。それからかぼちゃの方も好きなの持っていっていいから」

 パパさんの話にそれではと気持ちを切り替え、茎が二メートルほどあろうとうもろこしの並ぶ畑に突撃していく。

「どれ取ればいいんだよ?」

「そうだよね。見分けがつかないよね」

 そんな李華と小袖に、真空が教えようとしている。

「頭から出ている絹糸が茶色くて、触ったらやわらかくなっているのを選べばいいんじゃないかな」

「ほぇー」

「違う違う。茎の先の穂の事じゃないって。とうろもこし自体から出てるひげのことよ」

 小袖が上を見上げる壮大なボケをかましていると、教えた真空は小袖を責めることなく教え方が悪かったのかと斜め下を向き、自分のことを責めている。あー、アホな二人には私が説明すればよかったかも……。

「とうもろこしは採取してから時間が経てば経つほど味が落ちていくらしいから、先にかぼちゃだったかな」

 そんなことを手遅れながら言ってみる。まあ、目先のものに飛びついてしまったことはしょうがないとして、とうもろこしはこんだけあればいいだろう。

「それじゃあ、かぼちゃ行くか?」

 案内してくれる里見先生の後ろを、ヒョコヒョコと一列になってついて行く。

「ここだよ」

「先生。一面、葉っぱしか見えないんですか」

「何言ってるんだよ渋川、ちゃんとあるだろう」

 遠巻きに見ると小袖が言うように分かりづらいけど、デカイかぼちゃは出来ている。

「ほら、小袖。ハサミ使ってヘタの部分が茶色くひび割れているやつを取るんだよ」

「うん」

 辺りを見回す小袖は収穫しない。ほぼどれでもいけるはずなんだけどな。

「どうしたの、小袖?」

「部長、黄色いかぼちゃないんですね」

「あのな、ここに植えられてるのは普通の西洋かぼちゃだから緑しかないの!」

 そして李華まで、

「私もさー、小さくて、かぶれないやつばっかりだな~って思ってたんだよね、アハ」

と、ハロウィン気分なのは分かった。

「いいか二人とも! このかぼちゃは小さくないし、かぶらないの」

 こんな失礼なやつらの会話が、作っているパパさんに聞かれたらとんでもないと思っているとパパさんの姿が見えない。

 そんなには食べられないだろうと、各自一個ずつ取ったかぼちゃを抱きながら車を降りた場所に向うが、……軽トラがない。

 里見先生と待っていると、赤い軽自動車がやってくる。

 由美子ママさんである。

「お昼ご飯もってきたんだけど五郎ごろう、お父さんは?」

 五郎とは里見先生の名前であるが、小袖と李華は知らなかったのか顔を見合わせクスクスしている。後輩ながらやっぱり失礼なやつらだ。

「畑から戻ったらいないんだけど、お母さん聞いてる?」

「いいや」

 そんな時、パパさんの軽トラが戻ってくる。

「お父さん、どこ行ってたの?」

「これこれ」

 パパさんは立てた親指で格好よく荷台を指すと、そこにはかなり大きなドローンがある。

「あんたまた、こんなもの借りてきて」

 借りてきた?

「パパさんそれは?」

「紗綾ちゃん、これは農薬なんかを散布できるドローンだよ。組合まで行って借りてきた。どうだよ!」

 どうだよ、と言われ困っていたら、小袖の目には輝きが戻っていた。こういうの好きなのかな?

「カッコイイです! 操縦できるんですか?」

「おお、講習会で習ったからな」

「ちょっとあなた、そんなの危ないから止めておきなさいな。もし落ちてお嬢さんたちに当たったりでもしたらどうするの」

「大丈夫だよ。そんなに高く飛ばさねえから」

 ママさんが作ってきてくれたお昼を食べはじめても、こんなやり取りを続けていた。

 食べ終わると引かないパパさんが、まあ見ていろと飛ばす準備を始める。

「もーう、ひやひやするよ。やめてくれないかね」

 ママさんの心配が頂点に達するなか、パパさんがドローンの羽をうならせながら離陸させる。

「おおー、部長すごいですよ」

 小袖は大喜びだ。たぶんパパさんは、コンバインが動かせないことにがっかりしたこの子のために借りてきてくれたんだ。

「結構高く速く飛ぶのね」

 真空の分析は正確だが、それは危機への前兆であった。左右にふらつきバランスを崩した本体がほぼ垂直になる。

 終わった……。と思ったが、ドローンは体勢を立て直し、収穫を待っているとうもろこしたちの穂をかすめ滑るようにしながら高度を維持して戻ってくると着陸する。

「ああビックリした、落ちるかと思った」

 血の気が戻った私がポロリと言う。

「まったくこの人は、少しは痛い目見ないと分からないんだよ」

 一方、ママさんの興奮はまだ収まっていないようだ。

「まあ、よかったじゃん。落ちなかったんだし」

 あのドローンは相当な値段だろうし、李華が言うように本当に落ちなくてよかったと思う。うん? 李華ずっとそこにいたっけ? ドローンが飛んでいる時、いなかったような気がするけど。気のせいじゃないよね。

「ねえ李華、どこか行ってた?」

 李華は落ち着きのない様子で、うわずった声になりながら答える。

「ト、トイレ行ってたんだよ」

 なんだ、またか。

 すると里見先生が李華に聞いている。

「トイレの場所分かったのか?」

「えっとその、トイレ行きたくて探してたんだけど、分からなかったからまだ行ってないかな」

 分かりづらい場所にあるみたいだ。

「あら大変、こっちよ」

 そしてママさんに連れられて行く。

 声がうわずるほど我慢しないで早く言えばいいのに。

 李華がトイレから戻ってきたところでパパさんはドローンを返しに行くというので、私たちは里見先生の車でママさんの赤い車の後ろを走り家へ戻るのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る