第30話*願いと魔法*

 部室を覗くと紗綾ではなく小袖がいる。

「小袖、今日も来てたのね?」

「はい、真空先輩。もうすぐ帰ります」

「李華を待っているんでしょ?」

 プランターの土が乾いた時ぐらいしかやる事がないのだから、今日の私のように当番でもなければ来ることもない。

 李華がこない理由は間違いなく私にある。だから毎日顔を出す小袖に本当の事を言いたいのだけど、そういうわけにもいかない。

「何で李華、来ないのかなぁ」

 小袖の囁きからは、寂しさを感じる。

「きっとめんどくさがり屋だから、活動もないのにわざわざ来なくてもいいだろうと思っているんじゃないかしら」

「そうですよね、めんどくさがり屋ですよね。でも、なんにも無いときだからこそ、顔を出しておくもんじゃないんですかね? 本物のめんどくさがり屋というものは」

 久しぶりに刺々しいことを小袖から聞いたような気もするが、確かにそういう視点もある。

「真空先輩。今更なんですが私、真空先輩が転校するって話を李華にした時、李華が失恋した部長に『魔法を使ってやったのに』って、かけた言葉を思い出して『本当にそんなものがあったらいいのにね』って、言ったんです。そしたら李華は『任せとけ』って、言ってくれたんですよ。それで、どうするのかと聞いたら『その魔法を使う』って言うんです」

 私は李華の魔法を感じることができなかったので、李華が私に魔法を使って何をやろうとしているのかあの時は分からなかった。だから今始めて、李華がムキになって魔法を使った理由を知ったのだ。

「それでも小袖は、何も悪いことなんてしていないのだから気にしなくていいのよ」

「そうでしょうか? ところで神様だけじゃなくて、魔法のことまで信じるような話をしても、そんなものはないって言わないんですね?」

「それは……」

 小袖の話は、初詣での会話に絡めた冗談だ。だけど、李華と部室であった事を考えていたものだから魔法が知れてしまったのかと焦り、事実を隠さなければならないと続ける言葉を探してしまった。

「うぅうん、やっぱり魔法なんてないですよね」

 言葉に詰まっていただけの私をフォローするつもりはないだろう。でも、小袖はそう言った。

 そんな小袖に言ってしまう。

「どうかしら。もしも魔法があったら、小袖はまだ願うことあるの?」

 小袖は一瞬、明らかに驚いた顔をしていた。私のような堅物が『もしも魔法があったら』と聞いたのが信じられないのだろう。

「うん!」


「ここにいたのね。家にも帰らず、部室にも来ず」

 私は屋上で、李華の後ろ姿に話しかける。

「勝手だろ」

 グラウンドの方を向いたまま答える李華に、皮肉も言いたくなる。

「寒いだけのこんなところを好むなんて、あなたらしくないわ」

「じゃあ帰ればいいだろ。お呼びじゃないんだよ」

「でもあなたは帰らない。それは、寒さよりも辛いものを抱えているからじゃないの?」

 李華は怒りを抑えきれなくなったようで振り返ると食って掛かってくる。

「うるさいな! なんでまだいるんだよ、転校って帰るってことだろ?」

「そのつもりだったけど、あなたと同じで写し世に返されたわけ」

「なんで優秀なソラ様が、同じなんですか?」

「大人の事情よ」

 卑屈な李華と、私もこれでは同じか。

「ふん! 私はがんばってやってるのに、何にもやってないあんたと一緒の扱いじゃ納得できないっていうんだよ」

 李華が司祭の処分に納得するかしないかはともかく、何もやっていないという点では間違っていない。

「それで何しに来たんだよ?」

「あなたに魔法をかけに来たの」

 睨む李華のまぶたと唇が戸惑うように動く。

「はぁ? 効かないのは、お前が一番知っているだろ」

「それでも使うわ」

 私は真っ直ぐ立ったまま手のひらを広げ、その手をゆっくり腰の高さまで上げる。

「何言ってるんだよ、ソラ。そんなことやったって」

 自らが作り出す空気の流れがだんだん強くなっていき、白く光る癖のある髪がなびいてるのが私自身の視界でも捉えることができる。

「あなたなら分かるんじゃないかしら? たとえ無理だと思えても、やってみないわけにはいかないということがあるのだと」

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