第25話*新しい街*

 十二月も中頃を過ぎ、菜園部は今年最後の収穫をしている。

「李華ー、食べ物がなくなるよー」

 小袖は収穫しながら、私に訴えてくる。

「スーパーでも行けばたくさんあるだろ。それより、陽が当たってるのに寒くてしょうがないからちゃっちゃとやろうぜ」

 私は背中を丸めながら手を擦り、菜園の縁から小袖を眺めている。春になるまで部は休止だって言ってたけど、それを考えたやつは偉いと思う。

「李華が寒いのは、そんなところでじっとしていて動かないからでしょ」

「うるさいな、私の分もやるから採っていいぞ」

「ほんと? やったー!」

 小袖に任せると部室に避難した。

 暖房ないけどやっぱ、部室の方がマシだよな。そういや部長がこの前、プランターに霜がつかないようにしばらくの間、部室に入れておくとか言ってたけどなるほどだな。

「三人様、お帰りで」

「お帰りで、じゃないでしょ。李華ったら、一人で先に戻って」

「だって部長、寒いんだもん」

「はいはい、それじゃあ今日はこれで終わりね」

 今日は私と小袖で、鍵を職員室まで返しに行く。

「ねえねえ、李華。まだ、ご両親と弟さん帰ってきてないよね?」

「うん、それがどうかした?」

「だったらさ、うちで今日鍋やるから一緒に食べようよ」

「そうだなー、メシの用意しなくて済むから行くかな」

 気軽に答えると、学校からそのまま小袖の家へ行くことにする。これで楽ができる私はともかく、なんだかニコッとした小袖が随分喜んでいるように見えた。


「ささ、上がってよ」

「こんちはー」

「あら、いらっしゃい」

 小袖ママだ。小袖は収穫してきた水菜と小松菜をママさんに渡すと、夕飯まで時間があるからと二階にある自分の部屋へ私を連れて行く。

 そして部屋に入った瞬間、視界がファンシーになる。ピンクの物が多いな……。

「小袖が私の家に来るたびに広いひろいって言うもんだから、どんなに狭い家なのかと思っていたけど別に狭くないじゃん」

「ええと、褒められてるのかな……」

「こっちには、うちわがいっぱいあるけど、暑がりなの?」

「違うよ、これは応援アイテムなの!」

「分かってるって、アハハ」

 これが悪かったのか、アイドルグッズ自慢が続いてしまう。

「小袖、ご飯できたけど」

 助かった。ママさんが呼んでいる。

「うん、今行く」

 小袖の後ろをついて一階へ下りリビングに入るとテーブルにはすでに一人いて、それは大きな小袖であった。

 小袖の話によると大学生の姉さんらしい。小袖もこれから成長するのだろうか?

 それでパパさんを待っていると遅くなるということで、私の帰りも考えて早めの食事にしてくれたらしい。

「李華ちゃんは、ポン酢とゴマダレどっちにするの?」

 ママさんに聞かれたので、

「両方」

と答えると、二つの小鉢で出てくる。

 う~ん、そうじゃないんだよな。

 私はポン酢をゴマダレが入っている小鉢に少しずつ入れながらかき混ぜる。

「わわ、李華。何やってるの?」

 小袖のやつが驚くリアクションをして、また私の事を常識の知らない人みたいな視線で見てくる。

「何って、混ぜてるんだよ。これがうまいんだろ?」

「ええー、信じられない」

「信じなくていいから、小袖もやってみろよ」

 そんなやり取りを見て小袖のお姉さんは『うふふっ』と小さく笑う。

「ごめんさい。でも、よかった。うちね、今年こっちに引っ越してきたばかりなんだけど、友達がみんな向こうでなかなか遊びに行く機会がないものだから」

「もう、お姉ちゃんたら余計なこと言わないでよ。別にスマホだってあるんだし、そんなしょっちゅう会わなくても平気だって」

 小袖は拗ねているが、鍋はうまかった。そんなポン酢派だという小袖には、今度鍋を食べる時には是非ゴマダレを混ぜて欲しいものだ。


 満腹で動きたくなかったが、ちょっと休んだところで帰ることにする。

「お母さん、バス停まで李華送ってくるね」

「あんたも気をつけるんだよ」

「おじゃましました」

 家を出て、星も大して見えない夜空の下をバス停へ向って歩く。

「ああ、食いすぎた。腹いっぱいだよ。だけど姉さん、そっくりだな」

「李華は弟でいいよね。私もお兄さんか弟がよかったよ」

「そうかな?」

「そうだよ。ところでさ、……寒いね。当たり前か、日が落ちればこんなもんだよね」

 いつもアホみたいに笑っている小袖っぽくないなと変に思う。

「言いたい事あるんだろ? 早く言えよ、バス停に着いちゃうぞ」

 私に催促されると迷っていた小袖は話し出す。

「うん。実はさ、真空先輩が家の事情で早ければ年明けにも転校するって、部長に話しているところを見ちゃったんだよね」

「本当かよ? そんな感じなかったけどな」

 嘘っぽい話だが、噂じゃなくて直接見たと言われたらなぁ。

「そういえば李華さ、部長に魔法を使ったって言ってたよね」

 あの時は、失恋話をする部長に勢いでそう言った。だけど、小袖は種まきしててこっちの話なんて聞いてないと思ってたんだけどな。

「まあな。部長があんまりいじけてるからさぁ」

「それ思い出してさ、本当にそんなものがあればいいのになんて考えたりしちゃって。だってそしたら真空先輩、転校しなくて済むかもしれないでしょ?」

 まったく、しょうがないやつだなと思う。

「分かった。任せとけ」

「任せとけって、何かいい案あるの?」

「別にないよ。だから、魔法を使うの!」

 私がそう言うと、小袖は笑顔になるから不思議だ。この世界では、魔法なんて信じるやつはいないはずだ。だけど、そんな事を知らないとでも言いたげな表情の小袖を見て、鍋をご馳走になったし、まあやってやるかなと思う。

「じゃあな」

 私は来たバスに飛び乗ると、小袖と分かれるのであった。


 約束しちゃったし、魔法でこっそり解決するのはいいとして、そもそも転校の話すら小袖の話だけじゃ本当か分からないな。リスクたけぇけどしょうがねえか。

 教頭や2-Aの担任から魔法を使って聞き出すことにする。

 転校の手続きは確かにしてるようだ。するとどうやって転校の取り下げをさせるかだが、それだと真空先輩の事情が分からないとダメだな。

 私は小袖に、真空先輩に探りを入れるために二人になりたいからと、部長を引き付けておいてくれと頼んでおく。

 うまくやってくれたようだ。部室で真空先輩と二人っきりになったところで、横顔を睨みつけるようにして魔法を使い、家の場所や家族の事を聞こうとする。

 髪を赤くしながら気合を入れる。だが、真空先輩は平然としていて何も変わらない。焦る私は念をこれでもかと込め、髪の色は燃えるように真っ赤になる。それでも何も言わないし、何も感じてすらいないようだ。

 その時、真空先輩が顔をこちらへ向けようと動くので、ハッとする。急いで魔法を使うのをやめたが、髪がこれだけ赤くなってしまっては冷めるまでに時間があったはずだ。

「紗綾、遅いわね」

「そうですね、見てきます」

 私は居た堪れなくなり、真空先輩の言葉に普段ではありえない反応をして部室を飛び出してしまう。

 校舎内をうろつきながら、困った時は教祖さまの本だと書いてあったことに思考を巡らす。そしてこういう時は、屋上にでも行くもんだと結論づける。南校舎屋上のドアの鍵を壊し入ると、球場とは反対側にある西日の射すグラウンドを眺めた。

「どうなってるんだよ! 電池切れとでも言うのかよ! ベートのジジイ、こんなしょぼい力よこしやがって。クッソー……、無理なのか……」

 私は目の前にあるフェンスに両手をかけると、崩れながら笑ってしまう。

「小袖になんて言ったらいいんだよ……」

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