冬の章

第24話*電車に揺られて*

 十一月の中旬、小松菜と水菜の三回目の種まきも終わる。

 下旬には最初にまいた分の収穫を迎えらるはずだけど、それは中間試験と重なるタイミングなのでテストの出来次第では、悔やみながらやる作業になる可能性もあった。

 そしてその時期が来る。私は真空と、水菜と小松菜が入ったビニール袋を提げて下校していた。

「真空寒いよ。スリスリ」

「もう。紗綾はダッフルコートなんだから、寒いのなら前を閉じればいいでしょ?」

「そんなことしたら、真空とくっ付けないじゃないか」

「だから、くっ付かなくていいって言ってるの」

「残念! ……はぁ、でも今日は疲れたなぁ」

 私はため息混じりで、言葉をこぼしてしまう。

「どうしたの?」

 こんなんだから、真空が心配している。

「試験の出来が悪かったとか?」

 そういうことではない。いや、そうでもあったが、このため息の出所は違った。

 もう栗山の話は終わったことだと流したつもりだったけど真空に迷惑をかけたことや、うまくいかないばかりか高峰さんまで巻き込む結果になってしまったことを、後悔しているのにそのまま心の整理をつけられないでいたから出たものであった。

 しかも浮かれて、李華の冗談も分かってあげられなくて、先輩としても私は失格だ。

 考え込んでしまった私は“振り”に乗り忘れるという失態をしてしまい、このままでは真空は言い当ててしまったと悩んでしまうかもしれない。

 困った時は腹ごしらえだと真空を誘う。

「そんなことよりお腹減らない? コンビニで肉まんでも買おうよ」

 不便な街でも、駅近くまで行けばさすがにコンビニぐらいはある。

「紗綾、ちゃんとお昼食べましょうよ。そうだ、うちに来ない? 折角だから採った水菜使って鍋にしましょう」

 驚く気持ちが表情に出てしまったかもしれない。それは真空の家に行ったことがないどころか、家の話すら彼女はしないからだ。

「うん、行く。行くよ! そだ、その前にうちに寄って行きたいんだけど」

「ならその間に私は、スーパーで他の具材を買ってしまうから改札で待ってて」

 私は真空の持っていた水菜と小松菜の入った袋を預かると一度家に戻り、すぐに改札へ引き返す。待っているとスーパーで買い物を済ませた真空は思ったよりも早くきた。

「おまたせ。あれ紗綾、スクールバック置いてこなかったの?」

「これは、余計な中身を抜いて預かった水菜と小松菜が入っているわけよ」

「余計な中身って、本来入れる物のことでしょ?」

「まあ、そう言いなさんなって」

 私は真空の背中を押しながら改札へ進む。そして、久々に反対方向の電車に乗った。


 降りれば駅から真空の家までは近かったが、ここだと言われてまた驚いてしまう。それは、お嬢様感がある真空が住むにしては、あまりに古いアパートで意外を越えていたからだ。

 プラスチックのような屋根が括りつけられている鉄で出来た階段を上がると、すぐある一つ目の部屋のドアの鍵を開けて入れてくれる。

「おじゃまします……」

 隣に聞こえてもいけないことはないのだろうけど、壁が薄そうなので声が小さくなる。

「テーブルの上で使えるコンロないから、台所で作ってそっちに移すね。座って待ってて」

 私は椅子が二脚しかない小さなテーブルで待つことにする。だけど、テーブルがある部屋は台所と同じ部屋で、つまりすぐ横で真空は鍋を作っていた。

 小さな炊飯器と電子レンジ。

「真空って、ひょっとして一人っ子?」

「ひょっとしなくても、一人っ子よ」

 調理で使っているコンロは二口で土鍋もあるが、それでも食器の数が少ないような。

「紗綾、水菜は? 洗わないと」

「ああ、そうだったね。水菜は私の分も持ってきたから、入れちゃっていいよ。あと、小松菜と干し芋っと」

「干し芋?」

「いつまでも取りに来ないから、お母さんに作ってもらったの。冷凍してあったから平気だよ。ちなみにだけど蒸した後、皮むくのは手伝ったんだからね」

「そうなのね、ありがとう」

 自慢げに話したところをむいただけかと突っ込まれたら、火傷しそうで死にそうだったんだからと言い返そうと思ってたのに、真っ直ぐにお礼を言われて超照れくさい。

「煮えてきたから、もうすぐ出来るわよ」

「具は何にしたの?」

「豚バラ、長ネギ、豆腐、油揚げ、そして最後に水菜なんだけど、うどんも買っておいた」

 出来上がると、真空はテーブルに鍋を移そうとしているようだが止り考えている。すると自分のスクールバックからノートを取り出してテーブルに並べ、そこに鍋を乗っけたのだ。

「ちょ! 真空」

「よく考えたら鍋敷きがなかったわ」

 どう考えても余計な中身と追い出してきた私のノートより、このノートは酷い扱いを受けている。

「さあ、食べましょ。紗綾」

 そして美味しくいただくのだが、ノートを汚してはいけないと箸を持つ手が震える。水菜から垂れそうな、うどんで跳ねそうな、そんな状態でかなり緊張した。

 最後に、持ってきた干し芋をデザートとして「一緒に食べましょ」と真空が言うので開けてみると、まだカチコチで「これは無理」と私が答えて諦めることになった。

「それじゃあ名残惜しいけどまだ試験あるし、真空の勉強の邪魔をしたら悪いからそろそろ帰るかな」

「そうね。試験の結果が悪かった時、私のせいにされても困るからそれがいいわ」

「その心配は無用だよ。お呼ばれする前から悪いんだから」

 そう笑いながら帰る私を、真空は駅まで送ってくれるのであった。

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