第23話*これでいいだろう?*
「李華! 李華!」
小袖が名前を連呼しながら小走りしてくると、顔を私の頬に近づける。
「なんだよ小袖。そんなに近づいて」
これからいつものようにメシのため食堂へ行くところなのだが、わざわざ走ってくるなんてなんかあったのかな?
「昨日のことなんだけどね、ポットマリーゴールドの種を秋まきしたプランターが乾いてたから水をやってたら、竹内さんっていう先輩が部長を探してやってきたのよ」
「それで?」
「そしたら竹内先輩が部長の事、大丈夫かって聞いてくるのよ」
「大丈夫? 何がだよ」
「私も一瞬そう思ったけど、栗山先輩と別れたことかなってなんとなく思ってさ」
「うん。だから懲らしめてやろうと可愛くて人気のある小袖に、一年の野球部員から栗山先輩の弱みを聞き出すように頼んでおいたんだけど」
「いやいやそれは置いといて、修学旅行で別れたのはトラブルがあったからみたいなんだけど、その原因は栗山先輩にあるんじゃないらしいんだよ」
「トラブル? 面白いこと?」
「面白くないって!」
小袖は小声で突っ込みを入れてくる。
「でね、きっかけになったのが高峰先輩でその高峰先輩は今、二年の女子の間で干されてるらしいよ」
「そうなの? それで修学旅行で起きたトラブルって、なんなんだよ?」
「情報によると、高峰先輩は野球部のマネージャーとして栗山先輩を支えているうちにどうも好きになったみたいなのよ。それなのに、予選大会で負けて傷心しているところを部長が付け込んで口説いたと思っているもんだから、二人が付き合うことに納得ができなくて、部長に別れるように迫ったらしいのよ」
「どんな理由で付き合おうと勝手ジャンな?」
「でもさ、栗山先輩が真空先輩にラブなことはチケットの手配とかで野球部員たちにはバレバレだったから、それなら高峰先輩も諦めがつくんだろうけど、こんな納得ができない恋で野球に身が入らないなんてなって欲しくなかったわけ」
「上級生のことなのに、よく知ってるな?」
「だからそこは、一年の野球部員から聞いておいたんだよ」
小袖の話を聞いていると、大丈夫じゃないのはその高峰って先輩じゃないのかなと思う。
「ふ~ん、それで高峰先輩って誰?」
「李華、もう忘れたの? 文化祭の時、部室にいた私たちを散々悪く言ったあの人だよ」
「なんだ、あいつかよ。じゃあ時間もないし、放っといてメシ食べに行こうぜ」
冷たく話を流して食堂に向う私に、小袖も黙ってついてくる。
だけど、私が余計なことをやったから起きたトラブルなんじゃないかとも思うわけで、文化祭の時はムカついたけど、主に言われた悪口は小袖の事だったような気もするし、ってことで仕方がねえな。
放課後動くことにした。
高峰先輩は、っと。見つけた、確かに文化祭のとき騒いでたやつだ。小袖の情報によれば部活動に熱心で、マネージャーの中でも風貌からマドンナ的ポジションだとか。
つまりウグイス嬢に言わせれば、十番・ベンチ・マドンナってことだな。
私は噂をコントロールしようと、隠れてはそこら辺のやつらに魔法を乱発する。
効果は覿面で三日もすれば、
「ねえ、李華。聞いた、聞いた?」
と、まあ小袖まで、どこぞで聞いてきて私に話すぐらいだ。
瞬く間に噂の中身は僻みによる部長への嫉妬から、野球部のことを考えて発言したという趣旨になり悪気がなかったと理解される。
私は苦労に見合いうまくいったと自画自賛しながら、高峰先輩がご機嫌な様子を伺おうと菜園の下にある野球場まで行ってベンチを覗き込む。
(うん?)
批判されなくなったのに沈んだ顔だな。部を思うマネージャーの鑑として人望を集めたのだから、もう少し喜んでくれてもいいのにな。やっぱ高峰先輩って、変なやつだ。
何はともあれ高峰先輩の事は解決した。だが宿題はいつになってもなくならないので、この日曜も小袖を家に招待しておいた。
さてと、早く起きちゃったな。
そういやベートに言われた信仰というのも相当集めたと思うんだけど、これから部活動もあんまり無いみたいだし、他には何をすればいいのかな。
神さんが喜びそうなことだろ? そうだな……。
――――――
「ねえ、ママ? どこにいくの?」
「神殿よ」
「しんでん?」
「そうよ。いつも祈っている、神様が住んでいる場所よ」
「ええ! じゃあかみさまにあえるの?」
「どうかしら? 神様はみんなのために一生懸命でとても忙しいの。だからおうちにいないかもしれないわね」
「ええー。じゃあ、いってもしょうがないじゃん」
「もう、リカったら」
――――――
当時連れていかれた神殿は地元にある比較的小さなものであったが、赤く塗られた太い木を組み合わせ作られたその建物を初めて見たときは、息を呑むほどの迫り来る力を感じた。
しかしそこは大人たちが集まれば話し合いの場で、子供たちが集まれば紙芝居を見せて聞かせるような交流の場で、司祭たちも笑顔で迎え入れてくれた。
そうそう小さい頃、お母さんが神殿へ連れて行ってくれるのが楽しみだったな。そこで見た紙芝居でも、写し世を哀れんだ神様が力を貸すって話はいくつかあったんだけど……。初等教育三年ぐらいになると、つまらなくなって行かなくなったから内容なんて覚えてないや。
でもこっちの世界の出口も同じような建物なのに街に溶け込んでいて、案外変わらないんだなって驚いたっけ。しかも私、天使扱いされないしさ。
ピンポーン、ピンポーン、ピポピポピンポーン。
インターホンのモニターを覗くと小袖だ。
受話器を取る。
「ピンポン連打するなよ!」
「だって押しても出てこないからさ」
私は考えにふけっていて、連打されるまで押されたことに気がつかなかったようだ。家で時間を持て余すと、こんなことをこれからも考えてしまうのかと思いイライラした。
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