第21話*記憶に残らない修学旅行*
うちら二年生は、まだまだ祭りが続くのである。
それで修学旅行ということで校庭に集合してるんだけど、寒いので早く出発してほしいんですが。
「真空、寒いよー」
「そんな薄着じゃ寒いに決まってるでしょ?」
「だって向こうは常春だって聞いてるし、荷物多いの嫌だしさ」
呆れた素振りをしている真空も、一緒に震えていてどう見ても寒そうだ。
やっとお迎えのバスが来て、クラス毎に乗車すると空港まで行く。そして私たちを乗せた飛行機は飛び立った。
シートベルトを外せるようになると、コソコソ移動を開始する。真空から美穂の班に入ったと聞いたので、美穂に座席を交換してもらえるように頼んでおいたからだ。
「ありがとう、美穂ー」
「ここでいいの? 紗綾」
「うん? どういうこと?」
「紗綾がいいならいいけど」
美穂の言っていることが分からない。
まあいいや、と座る。
「お待たせ、真空」
「待ってないわよ。それよりも竹内さんが言いたいのは、栗山の隣じゃなくていいのかってことでしょ」
「ああ、そう言う事なのか。じゃ! なくて、美穂まで知ってるの?」
話が広まっていることには驚いたけど、栗山のところへ行けないのは正にそういう理由であった。
「栗山の隣に行って話すなんてことしてたら、裏でいろいろ言われそうだからね」
そのあとは部の話になり、「さつまいももう少し頑張れそうだったけど、小袖や李華には任せておけなかった」とか、「頼める三年生でもいてくれたらな」なんて、飛行機の中でも部室と変わらない話をしていた。
一日目はすぐに宿って感じで食事も終わり、どうしようかとしていると寄ってきた真空が思わぬことを言うのだ。
「紗綾、枕投げする?」
食事が終わったばかりなのに、何言ってるんだろうと意味不明だ。
「えっと真空、今は無理じゃない?」
「当たり前でしょ」
何だろう。これじゃあ私がおかしなことを言ったみたいだ。
「そうじゃなくて李華に言ってたじゃない。枕投げは合宿じゃなくて修学旅行でやるものだと」
うむ、言ったような気がするがあれは眠かったのと、枕がそばがらで危険を察知したからなのだが。
「そうだね、言った。言ったよ。じゃあ、どうしようか?」
聞くだけ聞いておこうと思ったら事前に仕込んであったようで、A組の真空班がうちの班の部屋まで遠征してくることになる。
そして、枕は投げられた。
一進一退の攻防で夏の分の枕投げも回収した気分だ。そんな戦いも疲れたと休戦になり、みんなで座り込むとフリートークになる。
「紗綾、飛行機はともかく班まで栗山君と一緒じゃないの?」
真空と一緒にやってきた美穂に、やはり聞かれてしまう。
「それがさ、目立たない方がいいって言われて別の班になったんだよね」
私は困ってますよオーラを形ばかり出しながら自分の頭を撫で、でもうれしそうに答えるのであった。
「それはあるよね。同じ学校で付き合うと周りがやっかんで嫌がらせとかあるし。高峰にも絡まれてるんでしょ?」
名指しとは、あまりに具体的だ……。
「高峰、さん? 野球部のマネージャーの?」
「他にいないじゃん。噂、聞いてるよ」
詳しく聞こうと食いつく私に、美穂は不思議そうにしていたが私は知らなかった。文化祭のときに部室前で起きた騒ぎが、遊びに来ていた生徒たちから噂となって広まっていたことなんて。それで高峰さんが悪者として扱われ、彼女の周りも距離を置くなどおかしくなっていってたなんて。
「そろそろ部屋に戻りましょうか」
真空が動揺している私のことを察して言うと、A組の子たちは戻っていった。
慌てて廊下へ出ると彼女たちが視界にいないことを確かめてからスマホを取り出し、栗山に噂の事を聞いてみる。するとあいつ、ひょうひょうとしているくせに知っているようなのだ。
高峰さんには恨みも何もないので、誤解されていたら嫌だから会って話がしたいと続けて伝えると、連絡を取ってくれてすぐに会えることになった。
約束したホテルの中庭は低木に紛れた黄色い照明が輝いていたが、すでに栗山と高峰さんがいたのでそれを味わう余裕はなかった。
何から話していいか分からないなと思いながら近寄ると、高峰さんが開口一番、
「栗山のこと、もう連れまわさないでよ!」
と、いきなりな話で困惑してしまう。
表情も怒っているというより、お願いだから構わないでと懇願するような感じで、なんでこうなるのか分からない。
「えっと、栗山……」
私は高峰さんから栗山の方へ顔を向けると、自分との仲を説明して欲しいと助け舟を要求するつもりで名前を呼ぶ。
「俺はマネージャーがこれからの事を思ってくれるのもありがたいし、野球が好きだから焚口の事構ってやれないし、だからうまくやっていけないような気がするんだよね」
「……ぇ」
私には、栗山までもが何を言ってるのか分からない。
「俺、なんでこんな気持ちになるのか分からないけど、うまく説明できなくて。でも、ごめん」
栗山はそう言って少しこちらを見ると、目を下に逸らしてしまう。
「……、そっか、そうだよね。じゃあ、高峰さんも来てくれてありがとう。戻るね」
何が“そうだよね”なのか自分でも分からないままだけど、結論だけは分かった。
私は振り向き、自分の部屋へ戻ることにする。
たぶん泣きたいけど、泣く場所なんてない。
それから誰にも話すことなく、聞かれることもなかった。だけど自由行動の日、うちらの班が栗山の班と一緒に行動をする予定だったのにその話が無くなっており、代わりに真空がいる美穂の班が集合場所に来ていたのだ。A組なのに? なんで??
「あのさ、私のため……だよね」
「女ばかりのアホな班連合に、ようこそー!」
美穂の言葉に思わず抱きつく。
「やめろ~、そういう趣味はない」
そして、気を回してくれた自分の班のクラスメートと、付き合ってくれるA組の班の人たちとで周遊することになった。勉強じゃないのかという突っ込みは今日はいらない。
綺麗な海にかかる、大きな橋を渡る。橋からの景色も素敵だ。そんなことを感じながらついた先の島を巡る。
「砂浜もきれいだね」
「ここ映画とかの撮影にもよく使われるらしいよ。ほら看板にも書いてある」
美穂が指を差しながら私に言う。
「本当だ、アイドルオタクの小袖も連れてきてあげたかったね、真空」
すると美穂が横からもたれかかってきて、
「普段から部で一緒なのに、ずっと一緒にいてよく飽きないよね」
と私たちをからかう。
「真空は飽きない」
と私が短く答えると、
「それは分かる」
と美穂まで言うので、真空は頬を膨らませた。
そのあと、みんなから少し離れて真空と二人で海岸を歩いていると、沖に変な形の岩が見えてくる。
「真空、ほら見てよあれ。ハートの形って言われてる岩だよ」
「ちょっと無理があるわね」
「そう~、かもね」
そんなこと言いつつも、そのまま向って進んで行く。
「……あのさ、真空もありがとね。栗山とのことは偶然が近づけたけど、たぶん間違いだったんだよ。きっと彼、真空が好きだったことを自覚したんだね」
「それは私には分からないけど、栗山君とのことがどうであっても私は紗綾の味方でいたいと思う」
遠い空、見たこともない色の海。浮かぶ岩の前で立ち止まると、私は潤んでいる瞳に真空の顔を見れない。
「紗綾、泣いても……」
「ううん」
私は小さく首を振る。
そして大きく息を吸い、叫ぶ!
アーーーーーー!!
「真空、私は大丈夫! だって強くありたいから」
私の言葉に真空は微笑みこちらを向く。そしてその微妙に傾いている笑顔を見て、一緒に来る相手がこれで正解なんじゃないかと考えてしまう。
「おーーーい! いつまで二人の世界にいるんだ。お土産確保しに行くぞ~」
遠くから美穂が大声で呼んでいる。私といい美穂といい、周りの観光客から見れば迷惑の極みである。
移動して、食べ放題の情報をもとにパイナップル園を見に行く。しかし謎施設ばかりで、お土産コーナーにほぼ直行になった。
「真空、あの二人へのお土産どれにしようか」
「食べ物なら、なんでもいいんじゃない?」
あの二人ならと私も思う。
探していると、パイナップルというかパイン色一色なのは分かるんだけど、大人気商品の列に忽然と紅いもタルトが現れて異色を放っている。
「なんだろう。中に入ってるのかな?」
「分からないけど、きっと李華みたいな人向けね」
それもまた、そう思う。
そして移動にもかかったためか時間はどんどん過ぎてしまい、自由行動はすぐに終わってしまうのであった。
最終日、帰る飛行機でも美穂は席を替わってくれる。
「真空、楽しかったし、うれしかった」
「私もよ。でも、ひとつだけ言っていい?」
「分かってるって、修学旅行は遊びじゃない、勉強だって言うんでしょ?」
「……そうじゃなくて、その格好じゃ下りたら寒いわよ」
「あぁ……」
向こうの感覚まま薄着であった……。到着する頃には陽も落ちてるだろうし、凍死すること間違いなしなのである。
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