第20話*感じる心*

 昨日と順番を逆にして、先に見学をした私と紗綾は後半を案内役として部室で過ごしていた。

 尋ねてくる人は少なく、暇を持て余した紗綾が使ったままになっていた道具や食器を洗いに行けるぐらいであった。

 一般の人たちが帰り始める時間になると、ようやく小袖と李華が戻ってくる。

「戻りました」

「お帰り。パネルの片付けは、代休明けの明後日の放課後でいいからね」

 部室に戻ってきた二人に、紗綾から話してもらう。

「そうですか? それなら部長、鍵は私たちで返しておきますよ」

 小袖はそう言ってくれるが、すでに二人で決めてあった。

「いや、それもいいや。真空が食器とか返すの明後日になると困るんじゃないかって言ってくれて、それでこれから家に戻すの付き合ってくれるって話になってさ、だから鍵もこっちで閉めるよ」

「それじゃあ私たちも手伝いますよ。ねぇ! 李華」

「うーん、そうだな」

 二人は嫌がることなく手伝ってくれると言うけど、そう決めたのには他にも考えがあったからなのでそれを伝えることにする。

「小袖と李華はクラスの打ち上げがあるでしょ? 出ておきなさいよ。一年のうちに仲良くなっておいた方がいいから」

「でも部長……」「そうだよな、打ち上げまで時間あるし」

「もう、打ち上げだけ出たら図々しいと思われるでしょ。ちょっと早めに行って手伝わないと」

「紗綾の言う通りよ。話し合って私も了解しているの。だから気にしないで行って」

 私の話を聞いてようやく二人は、自分のクラスの手伝いに向うのであった。

「さて、こちらもやりますか」

「そうね、紗綾」

 食器を新聞紙でくるみ、二つあるスポーツバックに分けて入れると紗綾と私でそれぞれ肩に掛けて持つ。そして鍵を職員室に返すと、まだ片付けもそこそこに遊んでいる生徒たちを横目にしながら二人で学校を出た。

「重いね、真空。そっち大丈夫?」

「割れないようにと気を使って持っているから、余計に疲れるわよね。……でも、七割方そちらに入っているんでしょ」

 紗綾の気遣いも分かり易いがうれしくて困る。

 駅も目前で、もうすぐこの荷物も運びも終わる。

「ねえ紗綾。みんなが遊んでいる中、仕事をしている私たちにはご褒美が必要だと思わない?」

「ご褒美?」

「ちょっと、そこの入り口で休みましょ」

 寂れた駅でも頑張っているケーキ屋さんで、自動ドアの横に置いてある飾りも兼ねているであろう白塗りのベンチの上にスポーツバックを置くと、紗綾をそこで待たせて私はお店に入り二人分のケーキを買って出てくる。

「お待たせ。心配しないで、私のバックは軽いからケーキを持っていても平気よ」

「えっと……」

「一緒に食べましょうよ。おじゃましたら、まずい?」

「そんなことないよ。ただ、お母さんはまだ仕事で帰ってないと思うけど、弟が家にいるかも。でも平気かな、部屋から出てこないだろうし」

 エレベーターで紗綾の家のあるフロアーまで上がると、いつも乗っている電車が下に見える廊下を進む。

 紗綾は止るとドアに手をかけて、

「あれ、鍵かかってる。誰もいないみたい」

とポケットからキーケースを取り出し、鍵を開けた。

「真空、入ってよ」

「ええ、お邪魔します」

 物があふれた玄関だ。

「ところで紗綾のお母さんは、日曜なのに働いているのね?」

「うん、土日の方が時給いいらしいよ。そういや弟は、お父さんとサッカー見に行くって言ってたな」

 さらにそこで、野球のバットが立て掛けてあるのに気がつく。

「ああそれ? 弟のだよ。弟も野球やるんだけど全然ダメ。栗山に指導してもらえば少しはマシになるのかななんて。そんなことより進んだ進んだ」

 お言葉に甘えリビングに上がる。

「真空もその辺に置いといていいよ」

 私は置いたバックを少し開けて、

「どのお皿でケーキ食べる?」

と聞くのだが、

「ちゃんとしたお皿、使おうよ」

と他の皿を棚から出してくる。

「あと、これもあるんだけど」

 私は密封された小さな缶を軽く振り、シャカシャカいわせてみせる。

 紗綾は眉と口の両サイドを上げ『フム!』と言うと、ポットとカップを出してくれる。

「あとは何がいるのかな? 真空さん」

「ミルクと砂糖かな」

 揃ったところで私はティーを作り始める。

 少ないお湯で乾燥したハーブを戻したら、そこに冷たい牛乳を入れてレンジで温める。あとは好みで砂糖をと。

 シャカシャカの正体は、ジャーマンカモミールを乾燥させておいたものなのだけど、紗綾はこれでよかったかしら?

「どうぞ」

「ありがとう、真空」

 ケーキとティーを頂きながら紗綾を見ていると、喜んでくれていると思う。

「そうだ真空。栽培したハーブで作ったお茶なら、部費でお茶請けとして買っても問題ないだろうから付け替えとくってどうかな」

「もう、気にしないでいいのよ」

 そんなことはどうでもいいことだ。

 一息して、自然と目が綺麗に管理されているバルコニーに行くと、背が低く横に長い、周りに溶け込んでいない不釣合いな箱があるのに気づく。

「あのダンボールひょっとして」

「そうだよ。この前収穫した、さつまいもだよ。真空が持ったまま電車に乗るのがはずかしいからって別れ際、強引に渡してきたやつも一緒に置いてある。全くなんで私の家で、君の分まで寝かせなきゃならんのだ。自分の分は持って帰ってくれよな」

「そうね、そのうちね」

 私はそう言うと、今日も持たずに帰るのであった。

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