秋の章

第19話*手堅い出展と荒れる恋*

 大した連休を挟むでもなし、すでに冬服にもなっているしで、形ばかりだけど二学期ですよと式があった。

 そんな今日の早朝、天気が良過ぎて蒸し暑い中、菜園へ集まってパネル展示に使う写真を撮ったり、マルチをめくって埋まっているさつまいもを掘り起したりしていた。

「李華、小袖、写真OK? なすの方も今日中に片付けちゃうから、今のうちにまとめて撮っておいてよ」

「それは分かったけど部長、なんでこんなに朝早く来ないといけないんだよ」

 文句は言ってもデジカメを抱えた李華は写真を撮りまくっている。

「掘ったさつまいもを畝のところに並べておいて乾かしておくんだよ。それで帰りに持ってくってわけ」

「でもそれだど、誰かに盗まれないかな?」

「そんなこともあろうかと、注意書きのパネルを真空に頼んでおいてある」

 私が言うと、真空が抱え持っていた自作のパネルを菜園の縁にある柵に掲示してくれる。

“いも乾かし中、立ち入り禁止! 防犯カメラ作動中!!”

 正直、私のイメージしていた文言と違う。当たり前だが、防犯カメラなどない。

「あと、さつまいもは涼しいところで一、二週間保存すると、でんぷんが糖類に変化して甘くなるからさ」

 頼んでおいた手前、何も言えないのでさつまいものおすすめ話でもしておく。

 それから七月下旬の採取時に切り戻しをして、肥料を足しておいたなすも成功していた。それを鬼となった小袖が、一心不乱に収穫している。朝摘みに越したことはないがその姿に、なすの実を採るではなく写真を撮るだと理解しているのだろうかと心配になる。

 こうして幸先よく、二学期が始まるのであった。


 文化祭も明日となった放課後、真空がいつも摘んでくれているバジルの葉を私は持って帰ろうと部室で袋詰めにしていた。そこに小袖と李華がパネル展示の準備にやって来る。

「あー、うじゃうじゃいるアブラムシを退治した私を差し置いて、部長がみんな持って帰ろうとしてるー」

「李華、ダメだよ。私も最近、収穫したバジルの葉がないなと思ってたけど本当のこと言っちゃ」

 何だろう、この二人。事前に打ち合わせしてきたかのように私のことを責め立てている。

「あのな、ドレッシングの準備だって」

 私は呪うように、二人を睨みつけた。

「ひょとして、文化祭のサラダにかけるドレッシングを作ってるんですか?」

「そうだよ小袖。事前に作って、うちの冷蔵庫に置いてある。使うまでの時間を逆算して冷凍と冷蔵に分けてね。ここじゃさ、調理器具も冷蔵庫もないから持って帰って作るしかないわけよ」

「なんだ部長、水臭いな。それなら言ってくれればいいのに」

 そんな李華に、分かっているが聞いておく。

「言ったら、手伝ってくれた?」

「いやー、どうかな」

 目を逸らすまでもなく、その答えで十分手伝う気がないと伝わってくる。

「実際人手よりも、いっぺんに良い状態の葉が取れるわけじゃないから回数が必要なんだけどね」

「なるほど! それでドレッシングには、他にどんな材料が入ってるんですか?」

 李華には覚えられないだろうなと思いながら、小袖の質問に答える。

「うんとね、酢、レモン汁、塩、コショウ、玉ねぎ、にんにく、オリーブオイルかな。それで盛りつけの時、粉チーズをかける」

「おお、本格的ですね。ところで部長、オリーブも作れるって聞いたことあるんですけど作らないんですか?」

「オリーブは自家受粉しないから複数の木がいるみたいだし、実をつけてもそこから油を絞る自信もないんだよね。細かいこと言っちゃえば、玉ねぎもドレッシングに入ってるけど自分たちで育ててないんだけどさ」

「そうですね。そう考えるといろんな食べ物を用意するって大変なんですね」

 小袖のグローバルな発言に感動したのだが、横では李華があくびをしている。

「もーう、李華ったら」

「ふぇ? 部長、どうかした?」

「ううん、なんでもない。それじゃあ二人とも、明日は早いけどよろしくね」

 私はそう言って先に部室をあとにして家へ帰り、ドレッシング作りを終わらせる。そして寝る前に、冷凍庫にしまっておいたドレッシングを自然解凍すべく出しておく。いよいよ文化祭の日がくるのだ。


 文化祭当日の朝、収穫してからサラダ作りをするうちらの部の集合時間は早い。しかし早く学校に来るのはうちらだけではないようで、到着すると他の生徒たちの姿もちらほら見えた。

「ラディッシュの実の部分は一口サイズに四つ程度かな、葉の部分も同じように食べ易い大きさに切ってね。リーフレタスは色違いが行き渡るように盛って」

 李華が皿を並べ、小袖がリーフレタスを乗せる。そこへ切ったラディッシュを乗せようとした私は、横で包丁を使う真空の手つきが危なくて見てられなくなる。

「なに? 紗綾」

「えっと真空は、盛りつけお願いしようかな。そっちは私がやるからさ」

 そして試しに盛りつけたのを見た小袖に、

「中身これだけだと、ちょっと寂しいかもですね」

と言われてしまうので、

「そりゃ魚とかササミとか入れた方がボリュームも出ていいんだろうけど、主役はあくまでも菜園部で作ったものだからね」

と言い張ることにして、使えない釣り部のせいだとは言わないであげた。

 とりあえずいくつか作り、あとはお客さんが来た時にドレッシングと粉チーズをかけるだけだ。

 そして開門時間となり、文化祭は開始されたのである。

 初日と二日目、それぞれ五十食分しか用意していないんだけど、無くなるペースが速い。生徒の人数を考えれば保護者や教員もそれなりに多いわけで分かってはいた。

 ちなみにタダである。お金を取るといろいろとややこしいので、あくまでも活動報告の一環として振舞うだけだ。

 とはいえ、まったく食べに来る人がいなかったらどうしようかと思ったこともあった。

「順調、順調」

 私はホッとしたのを越えて、ご機嫌である。

「部長、いい感じですね」

「そうだね、小袖。本当はもっと作りたかったけど、レタス的にこれが限界かなと」

 すると小袖は恐縮しながら言うのだ。

「あの、私も少し食べたいんですけど……」

「心配ないって、ちゃんと私たちの分は別に確保してあるから。ラディッシュは持って帰れるぐらいあるよ」

「なんだ、よかった」

 すると安心して晴れ々した顔になり、案内にも精が入ったのが分かる。

「あのさ、みんなでいる必要なくない? 遊びに行きたいよね?」

 四人ともここにいるのだから李華の言っている事には一理ある。

「李華、サラダはすぐ無くなるだろうから、それが終わったら二人ずつ行くことにするからさ」

 その後も順調で、何一つ問題がない。

 お隣の部のテニス部員や弓道部員も遊びに来てくれて、もう無くなりそうだなと笑いながら話していたその時だ。

「なに浮かれてんのよ。栗山や近藤に手伝わせておいて」

 開けっ放しのドアの向こうから、怒鳴っているわけではないが怒り溢れる声がするので振り返ると斜に構えた高峰たかみねさんが立っている。

「部長、誰ですか? この人」

 李華が生意気だと言わんばかりに顎を上げ、見下すように高峰さんの方を向く。

「二-Fの高峰さんだよ。野球部のマネージャーやってるの」

「あのさ、あんた一年でしょ。先輩に向って失礼じゃないの。まあ、部長の口が悪いんだから、部員の口が悪いのも分からない話ではないけどさ」

 私の口が悪いのは認めるけど、李華の口の悪さまで私のせいにされてもなぁ。

「剣崎さんからも焚口さんに言ってよね。私は関係ありませんみたいにいっつもクール決め込んでるけどさ。私たちにはまだ、来年があるんだけど」

「高峰先輩! いくら先輩でもそんな言い方ないと思います。栗山先輩に手伝っていただいたのは事実ですが強制したわけでもないのに」

 小袖が怒っているところ、初めて見たかも。

「あら、あなたも知ってるわよ。渋川さんでしょ。一年男子が噂しているけど、可愛いからってチクチク嫌み言うとか。調子に乗らない方がいいんじゃないの?」

「ハァッ……」

 どうした小袖!? 精神的なダメージが大きかったようで、一撃でやられている。

 高峰さんは言いたい事を言うと、そのまま立ち去ってしまう。

 周りには重い空気が流れ、食べに来てくれたみんなも苦笑いしながら盛られたサラダを頬張ると出て行ってしまった。

「お客さん、途切れちゃったね。残り少ないし、小袖と李華で先に回ってきなよ」

「ぅん、……そうします」「ほんじゃあ、お先に行かせてもらうね」

 肩を落とす瀕死の小袖と、悪態を指摘されても気にもしない李華が一緒に部室を出て行く。

 その後すぐにサラダはなくなり、パネル展示しかない部屋なんてほとんどの人はスルーであった。

 やることもなく、真空と並んでじっと座っている……。

「……ねえ、紗綾」

「うん?」

 真空が思い出したかのように聞いてくる。

「私って、いっつもクール?」

「へぇ? ……うん」

「そっか」

 何のための確認なんだろ。

 そんなとき私も思い出す。やっぱり近藤は手伝ってないよなと。

 こうして一日目は終わり、二日目も何も起こらず文化祭は終わろうとしていた。

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