第18話*酔える紗綾*
夏休みが終わると通常授業がすぐに始まる。そして放課後部室に行けば今日も一番乗りだ。
「こんちわ」「部長、早いですね」
李華と小袖がやってきたところで話しておく。
「あのさ、今度ラディッシュの種まく時のことなんだけど」
私がまだ話をしている途中なのに、李華が遮るように、
「分かってるって。栗山先輩とやるからお前らは来なくていいって言いたいんでしょ」
「いやぁ、そこまでは言わないけど、来なくても大丈夫かな~」
と繕って見せるが、李華も小袖も承知のようで。
「それで部長、どんな感じなんですか? どこか遊びに行ったりしたんですか?」
興味有りありで聞いてくる小袖に、やさしい先輩である私は教えてあげることにする。
「それがさー、
――――――
「よお! 栗山、待った?」
「ううん、そんなことないよ」
「ふっふーん。で、どうよ?」
「ちょっと期待してたとはいえ、本当に浴衣で来てくれるなんて思わなかったよ。似合っててすごくかわいいよ」
「でしょ? ほら、私もやればできる子なんで」
キャラじゃないなとも、お約束かなとも思ったけれど、褒められるとやっぱりうれしい。
考え過ぎないで楽しもう。そうだよ、きっと忘れられない花火大会になる。胸が膨らんだ。
「日が落ちてマシになったけどまだ暑いね」
「そうだね。ところで浴衣でも涼しくないの?」
「どうかな? Tシャツ短パンの君よりは暑いかも」
「ごめんな。そうゆうの持ってなくて」
「もう、冗談だよ」
屋台を見て回り、花火が輝く空を見上げれば言うことはなかった。
――――――
ってなことが、あったかな」
たぶん私の顔は、鏡で見られないほどヘナヘナになっていると思う。
でも心の中では、あの時の複雑な気持ちも同時に思い出していた。
花火を見ている栗山の横顔を見て何も言えなくって、それは満たされたからではないと感じていたことである。まるで重い空気の壁が私たちの間に存在して、彼の顔を曇らせて私へと見せているように思え、きっと湿度が高いから物理的にそうなるんだと無理な理由を考えてしまうぐらい、自分がどこかで不安を抱いているから話し出せないんだなと気がついてしまったことである。
「いいなー。うらやましい」
一面しか知らない小袖は絶賛している。
「私も花火大会に行ったんですよ。お姉ちゃんとですけどね。空だけじゃなくて、海に映るところがいいんですよね」
「なら小袖は、橋の方から見てたんだね。私たちは神社のある方から見てたから海面は見えなかったんだけど、そっちへ行けばよかったかな」
「それじゃあそれは、来年のお楽しみですね!」
「まあ、そうかな。そういえばさ、プランターにボールぶつけたもう一人の近藤君っていたじゃない? 栗山の話だと彼、釣り部に移ったんだって。それで文化祭で魚を使えたらいいななんて思って、『できたらでいいんだけど、魚を調達できないか聞いてみてよ』って、言っておいたからさ」
そんな浮かれ話は真空が来ると終わり、簡単に水やりだけやって今日は帰るのであった。
楽しい時が過ぎるのは早いもんで、文化祭の準備を進めなければならない。
私は掃除当番での遅れを取り戻そうと走って移動すると、そのまま部室に飛び込んだ。
「おまたせー」
うにゅ? 小袖と李華が座って待っているのだが、真空はまだ来ていないようだ。
「そうだ。ねえねえ聞いてよ、二人とも。栗山から近藤に魚、頼んでもらった話したじゃない? そしたらさ、近藤のやつに『釣りは釣りでも陸釣りだ』って言われたとかで、栗山呆れてたよ。それを聞いた私も引いたけどね」
「ほーぅ、そりゃ笑えないですね。ちなみにどんな魚、頼んでみたんですか?」
足を壁に当て、パイプ椅子を揺らしながらその椅子の後ろ足だけで器用に座っている李華も呆れながら聞いてくる。
「うん? 鯛だよ」
李華が動きを止める。
「……、それは無理なんじゃ」
「そうかなぁ? 栗山はそんなこと言ってなかったけど」
李華に言わせれば、ちょっと注文が難しかしいってことかな。
どっちにしてももう魚は諦めたので、この前の体育祭の話でもしよう思う。
「でもさ、さすが野球部。体育祭では活躍してたよね」
「そうでしたね。でも、野球で活躍しろよなって感じだよね」
なんだろ李華のやつ、否定ばっかりしてきて。
「ごめん。もう話、だいぶ進んじゃったかな?」
ムカついていると真空が部室に入ってきたので、もともとの予定である文化祭の話をすることにした。
「ううん、世間話をしててまだ進めてないよ」
「それで、リーフレタスとラディッシュで何をやるんですか?」
聞いた小袖も何となくは分かっていると思う。
「切って、混ぜて、サラダの出来上がり」
「えっと、それだけですか?」
「あと、活動報告のパネルを掲示する。ちょっと寂しいかもしれないけど火が使える教室も、家庭科室にある食器とかも、普段そこを使っている本家の部が使用するので借りられないからね」
「それじゃあ、パスタとかも厳しいですね」
「まあね。それでサラダ盛るの紙皿だと味気ないからさ、まな板や包丁と一緒にうちから持ってくるつもり」
それを聞くと真空が、
「そんなに持ってこられるの?」
「うーん、お皿は十枚? いや、十五枚ぐらいないと洗いに行くの間に合わないかな?」
「それなら、通り道になる私が学校へ来るときに一緒に運ぶわ」
と話が進み、小袖と李華にはパネル展示を担当してもらうことにする。
「PCルームで合宿の時の写真とか編集すればプリンターもあるしで、そこで出来ちゃうから頼むね」
活動の記録が入ったUSBメモリーを渡し、去年のポスターがロッカーに丸めて置いてあるので参考にするようにと伝えると、後は二人で考えてやってみるように指示をして打ち合わせを終えることにした。
戸締りも一年に任せると、真空と帰ることにする。近頃、一緒にならない時も多いので実は気になっていた。
「丸投げみたいでちょっと心配だけど、あの二人ならちゃんとできると思ってる」
「そうね紗綾。問題はプリンターが取り合いになることぐらいかしら。早く使うと言っておかないと、順番が回ってこないなんてことになって困るかも」
「それは明日にでも言っておくよ。それで真空、クラスの方は平気なの? 部活にかまけていると陰で言われるよ」
「平気だと思う。実行委員さんがお友達グループをまとめて進めているので、私がいないことなんてみんな気にしていないわ」
「あるよね、そうゆうの。で、誰が派閥の長なの?」
「
「竹内さんって、美穂? 一年のとき一緒だったけど、そういう子じゃないと思うけどな」
「ええ。イジワルだと言ってるんじゃなくて、私のタイプを考えてうまくやってくれているってことが言いたいの」
「そっか、彼女らしいな……。ところでさ、言っておきたい事があるんだけど、私、栗山と付き合ってるんだよね」
急に言ってしまった感があるけど、引っ張れば引っ張るほど言いにくいので思い切って言ってみる。
「知ってたかな。なんとなくだけど感じていたし、気にしていないよ。それに、私に報告する必要もないしね」
「それはまあそうかもしれないど、友達として報告しておこうかなって」
友達と思っているのは本当だ。だけど報告した理由はそこではなく、もともと真空のことが好きで言い寄ってきたと分かっている相手と付き合っていることを卑しいと思われたくなかったからだ。それに黙ったままでいて、彼と真空が菜園で鉢合わせして気まずくなったら部活動にも影響がでるかななんて考えたりもしていた。
それでも、栗山が好きだという気持ちは本当だったから理解して欲しかった。
だが真空は、そのことはもう聞いてくれない。
「それよりも李華のことなんだけど」
私はドキっとした。思い当たる節がある。
「紗綾、彼女は口は悪いけど悪気があるのとは違うわ。私のことは気にしなくてもいい。でも、あの二人のことは気にしないとダメ」
「大丈夫だって。そんなこと、分かってるよ」
淡々と話す真空に、ケロっと嘘を言った。もちろん私は分かっていなかった。でも初めて、真空に怒られたような気がして意地を張って見せたのだ。
駅に着く。
「それじゃあ真空、運ぶ手伝いお願いね」
「ええ」
見送る私は、彼女の背中に不思議な空気を感じていた。
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