3話:少年
本殿の中から出てきたその少年は、サラサラの黒髪で、太陽を知らないような白い肌で、青い甚平を着ていた。
それはまるで雪のような、真昼の空に浮かぶ月のような、けれどどれにも形容し難い儚さだ。私達は見つめ合ったまま、しばらく動けなかった。
沈黙は、木々の揺れる音がかき消している。先程まで騒いでいた兎たちは、変に空気を読んだようで黙ったままだ。
「君、もしかして人間?」
先に声をかけてきたのは少年だった。
私は黙って頷く。尻餅をついたままだから、ちょっと不格好だ。
それに対し、少年はふうんとつまらなそうに返事をした。自分から聞いたくせに失礼な。
「貴方は誰、ですか」
何となく予想はついているものの、聞かずにはいられない。これでもし私の予想通りの答えが返ってきたら、今度こそ本当に神隠しされるか呪われるかだ。
「ここの神様だけど」
予想的中。思わずため息が出た。
嘘でしょ。本当に神様だなんて。え、神様案外若くない? 喋り方も現代風じゃない? もっと何言ってるか分かんないおじいちゃん想像してたんですけど。
「……つーか外、暑すぎ」
バタン。
「ぬ、主様ぁぁ!?」
無駄に考え込み始めた私に飽きたのか、それとも言葉の通り暑いだけか、本殿の扉が再び閉まった。兎たちが騒ぎ始める。この兎たちは、一体どういう立ち位置なのだろうか。
「主様、聞いていただきたい!」
低い声の方の兎が、ぽんと張った胸を叩き叫んだ。兎が胸を張っているなんて、おかしな話だが。
しかし予想に反して、本殿の扉は開いた。その幅、およそ5cm。中から不機嫌そうな目だけが見えるのは、神様なだけあって不気味だからやめて欲しい。
「我々はぼっちでコミュ障の主様を配慮して、お友達になれそうな、ちょっとポンコツな者を連れてきたのであります!」
「ポンコツでなければ、あんな手紙に乗ってくる人間はいません!私たちはポンコツを連れてくる他なかったのです……!」
「せっかく連れてきた者がこんなポンコツな奴で申し訳ございません!しかし主様となら良いお友達には……」
「ポンコツポンコツってうるさいなぁ!」
黙って聞いていれば、めちゃくちゃ失礼じゃんこの兎たち! たかが喋る兎のくせに! さらっとこの神様の事も馬鹿にしてるし!
そんな気持ちを込めて怒鳴ると、兎たちはくるりとこちらを振り返り、ちょっと意地悪そうな目をした。うわ、性格悪そう。
「と、ポンコツは騒いでおりますが!」
「負け兎の遠吠えでございます!」
「それを言うなら犬!兎は遠吠えなんて……」
しないのか?
この兎たちならしかねないぞ!?
「ポンコツではありますが、主様にとっては飽きないと思われます!」
「どうかお友達に!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!友達って何の話!?」
ポンコツ呼びをやめない兎たちに振り回されている気しかしないが、生憎今の私にはそれをかわす余裕はない。
とにかくこの兎たちの話から簡単に推測すると、兎たちは私とこの神様を友達にさせたい様子だ。勿論お断りしたい気持ちが大きいけれど、ここで断ったらそれこそ神隠し、それとも祟られる……のか?
思考は上手くまとまらないのに、兎たちはうるさいし、目だけ見える神様は不気味だし、蝉の声は頭に響く。
あぁ、こんなつもりで来たんじゃないのに……。
「そこの人間」
「……なんですか」
本殿の扉が今度は大きく開いて、神様が手招きをした。来いという事だろう。ずっと尻餅をついていた私は、ようやく立ち上がり、軽くはたいてから歩み寄った。
「名前は」
「……立花です」
近くで見ると、神様はかなりの美少年だった。
いや惚れないけど。私の恋愛対象は「人間」の男だ。
「下の名前は」
「陽菜……」
「ふぅん。俺はコノハって言うんだけどさ」
聞いてもいないのに自己紹介をされる。続く言葉に嫌な予感しかしない私は、少し眉をひそめた。兎たちの期待の眼差しが、背中に注がれる。
あ、これ逃げられないやつだ。
そう理解した瞬間、お世辞にも表情豊かとは言えない神様から、お告げとも取れる命令を下された。
「俺と5日間、友達になろう」
「……はぁ」
5日間?
握手、と言われて差し出された手をとってしまったのは、私がこの神様に、さほど警戒をしていなかったからだろうか。
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