第四章 逆神王(6)

 練兵場に篝が焚かれていた。

 クレインとレイシアは、用心しながら練兵場に出た。互いに得物を構えながら、背中を預け合うように進んでいく。

 練兵場の中央で、ガウルが獰猛な笑みを浮かべていた。右手には円月輪を握り、全身からは燃え立つような火のチャクラが淀みなく立ち昇っている。気のせいか、炎熱騎士団を率いて戦っている時よりも、更に凶暴な殺気を放射しているように見えた。

 伏兵を警戒していたが、どうやらその心配はなさそうだった。ガウルは、自分の手で決着をつけたがっている。表情だけで、クレインはそこまで読めるようになっていた。

 ガウルには、一度オービルから退いて体勢を立て直すという選択肢もあった。だが、クレインに負けたままで帰ることを、彼の誇りが許さないのだろう。その拘りこそが、彼の最大の弱みだった。

 得物を構えながら、レイシアとともにガウルの前に立つ。クレインはなるべく不敵に見えるように、笑みを作った。

「待たせたな、烈火獣」

「女連れで戦場に現れるとは、舐められたもんだ」

「舐めてるのはあなたよ。あたしは戦士として、ここにいる」

 ガウルに鼻で笑われても、レイシアには心を乱した様子はなかった。油断なく曲刀を構えたまま、ガウルを睨み据えている。

 空気がぴんと張り詰めていた。戦場の空気だった。

 不思議と、クレインの心は落ち着いていた。血の匂いを思い起こさせるこの空気が、なぜだか嫌いではなかった。生と死の境界に立っているという実感が、奇妙な安らぎを感じさせた。

(どうかしてるな、僕は)

 自嘲しながら、胸の内は凍てつくほどに冷えていた。

 気孔から空のチャクラを取り込み、全身にまとわせる。レイシアも水のチャクラを練り、水流結界を作り出していた。

 ガウルは円月輪を持つ手をだらりと下げたまま、構えすら取らない。一軍の将としては負けたが、一人の武人としては負けない。気負いのない立ち姿が、むしろ武人としての気迫と矜持を浮き彫りにしていた。

 この期に及んで、言葉は無用だった。ただ戦い、敵を討つ。互いにそれしか頭になかった。

 ガウルを包囲するように、クレインたちはすり足で位置を変える。クレインは自ら、ガウルの右腕のほうに回り込んだ。隙あらば、右腕も斬り飛ばしてやるつもりだった。

 最初に動いたのは、レイシアだった。

 水流結界をまといながら、側面からガウルに斬りかかる。ガウルは体捌きだけでそれをかわし、猛火をまとった円月輪を反撃のために振りかぶる。クレインはすかさず空のチャクラを放ち、その右腕を斬り飛ばそうとした。

 斬った。そう思ったが、ガウルはぎりぎりのところで横に跳躍し、こちらの攻撃をかわしていた。レイシアの水流結界がガウルを追うが、猛火をまとった円月輪でたやすく打ち払われてしまう。

 だが、水流結界はただの目眩ましだった。

 低い体勢で駆けていたレイシアが、ガウルの足元に肉薄していた。駆け抜けざまに、ガウルの右脚を剣閃が襲う。レイシアの動きは素早かったが、ガウルは更に上を行っていた。瞬時に右脚を跳ね上げると、斬撃を避けると同時に、レイシアの顔面を蹴り飛ばす。

(今だっ!)

 ガウルが片足立ちになった瞬間を、当然クレインは見逃さなかった。軸足となったガウルの左脚に、空のチャクラを放つ。

 水のチャクラと違って、空のチャクラを相殺する術はない。軸足を狙った攻撃を避けることなど、不可能なはずだった。

(今度こそ、取った!)

 ――その予想が甘いと、すぐにわかった。

 つま先の力だけで、ガウルが跳んだ。更に、足元から風のチャクラが巻き起こり、ガウルの身体を宙空に巻き上げる。

(なにっ!?)

 ガウルの足元の空間が切断された時には、彼は鳥のように高く飛び上がっていた。宙空に上がったガウルは、風のチャクラの方向を反転させて高速で落下してくる。

 着地の瞬間、クレインは再度空のチャクラを放つが、ガウルは着地と同時に前に駆け出していた。

 ガウルは真っ直ぐに、クレインに向かってきた。何度も空のチャクラを放つが、その度に速度に緩急をつけて攻撃をかわされる。

 長剣の間合いに入る直前に、ガウルは円月輪を投げつけてきた。至近距離からの投擲で、避ける余裕などない。クレインはとっさに長剣を持ち上げて円月輪を弾くが、威力を殺しきれずに両腕が跳ね上がる。

 その時には、ガウルが眼前に迫っていた。

 思い切り腹を蹴飛ばされて、クレインは地面を転がった。ガウルの手にはすでに円月輪が戻り、クレインに叩きつけるために振り上げられている。

 円月輪が放たれる寸前に、レイシアが横合いからガウルに斬りかかっていた。円月輪を手放せば、斬られる。そうガウルに思わせるほどの、決死の突撃だった。

 ガウルは小さく舌打ちして、横からの斬撃を円月輪で受け止めた。レイシアの腹を蹴り飛ばし、苛立ちのままに円月輪を投げつけようとするが、クレインが空のチャクラを練っているのを察知して距離を取った。

 再び、三人は三角を作るように睨み合う。ガウルは相変わらず構えを取らないまま、牙を剥き出しにして笑っていた。

「弱いな。弱すぎる……やはり、お前ら如きに躓いている場合じゃねえ。もっと、上を目指さねえと」

「十二神将よりも、上か?」

「この国の頂点。それ以外に、意味などあるか」

 衒いもなく言ってのけるガウルが、クレインには眩しく思えた。

 強い男だった。己の強さを信じ、ひたむきに上を目指していける男だ。傲慢でいけ好かない男だが、武人としては真っ直ぐな信念を持っていた。

 口の中の血を吐き捨ててから、クレインは歯噛みする。

(とんでもない男だ)

 片腕を失ったとは思えないほど、強かった。動物的な本能で戦っているのだと思ったが、それだけではなさそうだ。直感という言葉では片付けられないほど、こちらの行動を読んでいるような動きだった。

(いや……実際に、読まれているんだ)

 戦の時、クレインもガウルの戦術を読めた瞬間があった。それと同じように、ガウルは今、クレインとレイシアの動きを読んでいるのだ。

 クレインがガウルの考えを読めたのは、ガウルの性格を理解したからだった。同じように、ガウルもこちらの性格を理解していた。遠距離からの攻撃を中心にして安全策を取るクレインと、洗練されているが型通りの接近戦をしかけるレイシア。そこまで傾向を知られ、ガウルほどの才覚と経験があれば、攻撃を読まれるのも当然と言えた。

(でも……読まれているとわかっていれば、対処のしようもある)

 絶好の機会に、相手の予想を裏切る。確実にガウルを仕留めるには、それしかなかった。

 クレインは空のチャクラを強く練った。今までよりも広範囲にチャクラを広げ、ガウルの足元の空間を切り裂く。

 だが、ガウルは瞬時に駆け出し、その攻撃を避けていた。クレインに向かって、真っ直ぐ突き進んでくる。

 ガウルの背をレイシアが追いかけるが、間に合わない。クレインは長剣を構えて迎え撃とうとするが、ガウルは間合いに入る直前に反転した。

 レイシアが意表をつかれ、八双に構えていた曲刀を振り下ろした。その斬撃を円月輪で受け流すと、ガウルはすれ違いざまにレイシアの脚を引っ掛ける。レイシアは地面を転がりながら身体をひねり、勢いをつけてクレインの隣で立ち上がった。

 一箇所にまとまったクレインたちを見て、ガウルはにやりと嗤った。

(まずい!)

 寒気のようなものが背筋を駆け上がってきて、クレインはとっさに空のチャクラを練った。

 だが、ガウルのほうが速かった。燃え盛るような火のチャクラを練り、円月輪を大上段から振り下ろす。

 一面が、炎に包まれた。

 とっさにレイシアが前に出て、水流結界で正面からの火勢を押さえた。とはいえ、完全には威力を殺しきれるわけではない。激しい炎が四方から押し包み、焼けるような熱さを肌に感じる。猛火によって水流結界が綻びる度に、水のチャクラを練ってなんとか補強しているようだが、レイシアの表情は険しかった。

 かろうじて持ちこたえてはいるが、限界も近い。そう判断すると、クレインは真下に向かって空のチャクラを解き放った。

(一か八かだ!)

 クレインとレイシアが立つ地面に、空間の切断面が発生した。同時に、クレインは空のチャクラを猛火の外へも放ち、二つのチャクラを強引に繋ぎ合わせる。

 気づけば、クレインたちの足元から地面が消えていた。

 二階ほどの高さの宙空に、放り出されていた。クレインはレイシアの身体を抱きしめながら、なんとか地面に着地した。首尾よく猛火の外に飛び出せたことに、クレインは思わず安堵の息を吐いた。気孔を酷使したせいか、レイシアは肩で息をしていたが、大きな怪我などはなさそうだった。

 レイシアは呆然とした表情を浮かべ、クレインに戸惑ったような視線を向けてくる。

「ク、クレイン。今、一体なにをやったの……?」

「空のチャクラの、ちょっとした応用だよ」

 空間に亀裂を入れ、亀裂を残したまま空間を繋ぎ合わせることで、空間ごと敵を切り裂く。それが、今までの空のチャクラの使い方だった。

「空間と空間を繋ぎ合わせて、別の空間に転移した……って感じかな。正直、うまく行くかは自信なかったけど」

「助かったよ……あのままだったら、二人とも丸焦げだったもん」

 レイシアは苦笑してから、もう一度猛火のほうに視線を向けた。

「……でも、このまま真正直に戦ってたら、勝てないね」

「そうだね」

 やはり、ガウルは並外れて強かった。十二神将が一騎当千というのは、誇張でもなんでもなかったようだ。長期戦になればなるほど、こちらが不利だ。完全に意表をついて、一撃で終わらせるしかない。

 クレインは小さく深呼吸してから、レイシアに視線を向けた。

「レイシア、僕に命を預けてくれる?」

 真剣に尋ねると、レイシアは困ったような笑みを返してきた。

「最初から、あたしの命はクレインのものよ」

「……ありがとう」

 思わず苦笑を返してから、クレインは猛火のほうに視線を戻した。

「ガウルが出てきたら、僕は真っ直ぐガウルに突っ込む。レイシアは全力で水のチャクラを練りながら、僕と同時にぶつかるように、ガウルの右腕のほうから斬り込んでくれないか?」

「いいけど……それだと、クレインが危ないんじゃ」

「いや、危険さで言えば、それほど変わらないよ。ガウルはもう、遊ぶ気はないみたいだ。僕らが接近戦をしかけた時に、今みたいな猛火で周囲を焼き尽くす。横から攻めようが正面から攻めようが、骨しか残らないよ」

「……嫌なこと言わないでよ、もう」

 レイシアがげんなりしたように言うが、口元は笑っていた。

 十二神将の一人を相手にしているのだから、危険など百も承知だ。あとはどれだけ勝算があるのかだが、レイシアはそのことについて尋ねなかった。すっきりとした顔で笑い、レイシアは曲刀を握り直した。

「絶対、死んじゃダメだからね?」

「わかってるさ」

 練兵場を包んでいた猛火が、突然消えた。クレインたちが無事なのを見て、ガウルは驚いたように眉を上げていた。

「あれを食らって生きてるとはな。一体、どんな手品を使ったんだ?」

「さあね。当ててみなよ」

「ハッ。なら、答え合わせは勝負の中でさせてもらうぜ」

 ガウルが獰猛に笑って、猛火を全身にまとった。思った通り、本格的に決着を付けるつもりらしい。

 レイシアが左に駆け出すのを横目で捉え、クレインは吠えた。野生の獣のように咆哮を上げながら、ガウルに向かって一直線に駆け出す。

 駆けながら、クレインはガウルと同じ顔で笑っているのを自覚していた。

 燃えるような視線が、自分に突き刺さっているのを感じる。全身を震わせる感情が恐怖なのか、それとも歓びなのか――クレインにはもう、よくわからなかった。

(真っ向から突撃して、突き殺す!)

 自分を騙すように何度も念じながら、クレインは全速力でガウルに突撃する。長剣の刃を寝かせ、弓のように引き絞る。

 レイシアは半円を描くような軌道でガウルに接近しているが、クレインと同時にガウルにぶつかるように動いてくれているはずだ。クレインはそれを信じて、真っ直ぐにガウルに突進した。

 クレインの気迫を見て、ガウルは怪訝そうに眉をひそめた。だが、すぐにこちらの思惑に気づいたように口の端を歪め、円月輪を構える。

 それを意に介さず、クレインは真っ直ぐにガウルへ駆け続けた。偽装のために空のチャクラをガウルの周囲にばらまいてから、自分の進行方向にも配置する。そのまま空のチャクラの中に飛び込むと、クレインは強引に空間を繋ぎ合わせた。

 クレインが転移した先は――ガウルの正面だった。

「なっ――!?」

 ガウルの顔に、愕然とした色が浮かぶ。収斂した火のチャクラが解き放たれる前に、クレインはガウルの心臓を貫いていた。

 心臓を貫かれて尚、ガウルは円月輪を持ち上げようとしていた。その右腕を、駆け寄っていたレイシアが斬り落とす。

 クレインが長剣を引き抜き、ガウルは背中から地面に倒れた。口から血を吐きながら、ガウルはあえぐように呼吸している。これだけ斬られてもまだ生きているとは、凄まじい生命力だった。

 だが、策は成った。

 クレインは荒い呼吸を整えながら、やけに冷静にそう考えていた。

 雄々しく咆哮を上げ、決死の覚悟で真正面から突撃する。クレインがそういう手段を取らないことを、ガウルは熟知していた。空間を飛び越えて背後に回り、レイシアと同時攻撃をかける。ガウルの火炎をレイシアが押さえている間に、クレインが空間ごとガウルを切り裂く。それがクレインの策だと、ガウルは考えたはずだった。

 そう思わせた時点で、クレインの策は成立していた。ガウルの真正面に転移することで心理的な隙をつき、一撃で致命傷を与える。もし、ガウルが正面からの攻撃を少しでも警戒し、刺突を避けていたら、死んでいたのはクレインのほうだった。

 最後まで、ガウルはクレインを武人として認めないままだった。そのおかげで、なんとか勝ちを拾えたようなものだ。

 その事実が、今のクレインにはむしょうに悔しかった。

 仰向けに地面に倒れたまま、ガウルが掠れた声を洩らす。

「……なあ、クレイン・ネーデルスタイン」

「なんだ」

「俺は、弱かったのか?」

 ガウルの問いかけに、クレインはどう答えるべきか迷った。だが結局、思ったままのことを口にする。

「強かったよ。強すぎるくらいだった。果敢で、雄々しく、武人らしかった。……だから、負けた」

「……そうかよ」

 なぜか、ガウルは満足そうに笑った。その瞳から、光が失われていく。

 死んだのだ、とクレインはやけに冷静に思った。死人を見るのは初めてではなかったが、クレインは驚くほど動揺していた。

 何度も戦っている内に、ガウルに対して奇妙な友情のようなものを抱いていた。傲慢で、人を小馬鹿にしたような男だった。王国民を王国民というだけで奴隷扱いし、自分の部下さえも容赦なく焼き殺すような人間だ。まともに出会っていたら、友情など抱くことはなかっただろう。戦の中で、あまりにも互いを理解しすぎたようだ。

 それほどまでに理解した人間を、自らの手で殺した。自分の心のなにかが音を立ててひび割れたのを、確かに聞いたような気がした。

 こちらの様子がおかしいと気づいたのか、レイシアが心配したように顔をのぞき込んでくる。

「大丈夫? クレイン」

「……なんでかな。僕は、こいつを殺したくなかった。今更、そんな気がしてるんだ」

 レイシアは困ったような顔をして、なにも言わなかった。その反応で、彼女には今の自分が気持ちが伝わらないのだと、なんとなくわかってしまった。

 気づけば、冷たい風が篝の火を吹き消していた。急に寒々しい思いに駆られて、クレインは温もりを失わないよう、自分の腕を抱いていた。

「終わったか」

 いつの間にか、シメオンが傍に立っていた。レイシアが警戒するように曲刀を向けるが、彼はそちらに視線すら向けなかった。真っ直ぐにガウルの亡骸を眺めてから、こちらに向き直る。

「ひとまず、契約は果たされた。あとは、好きなように戦をするがいい」

「そうさせてもらうよ」

「だが、忘れるな。お前たちの命運は、俺が握っている。もし、叛乱を放棄して逃げ出すような真似をすれば、地の果てまで追ってお前たちを殺す」

「言われなくても、忘れやしないさ」

 こちらの返答に満足したのか、シメオンはもう一度ガウルの亡骸を見下ろした。彼の瞳に歓喜の色が浮かんでいるように見えて、クレインは吐き気を堪えねばならなかった。

 しばらくガウルの亡骸をみつめてから、シメオンはぽつりと呟く。

「……逆神王ぎゃくしんおう

「なんだって?」

「お前にも、異名が必要だろう。教国軍を震え上がらせるような異名が」

「それで、逆神王か。神に逆らう王なんて、大げさすぎやしないか?」

「なにを言っている。お前は十二神将を殺し、いずれはイシュヴァリア教をも壊滅させるんだ。教徒たちからすれば、神を殺すに等しい行為だろう」

 シメオンの声には、わずかに昂揚の色があった。クレインには、それがむしょうに腹立たしかった。

 この男はこうやって、いつまでも自分たちを意のままに操ろうとするだろう。元通りに王国を復興できたとしても、この男は自分たちを利用し続けようと考えるはずだ。人知れず国を呑み込み、飽きたらまた破壊して作り直す。人間を惑わす邪神のように、クレインの心を砕き散らし、怪物へと変えていく。

 いつか自分も、シメオンと同じところまで堕ちていく。彼と同等の怪物に成り果てる。それが、クレインにはわかっていた。

(そうなる前に、こいつを殺す)

 昏い殺意を押し隠しながら、クレインは静かに決意した。

 強い風が吹いた。そう思った時には、シメオンの姿はその場から消えていた。

 クレインは苦い思いを飲み下してから、レイシアに笑いかけた。

「行こうか、レイシア。外で兵たちが待ってる」

「……うん」

 内城の門まで戻ると、ちょうどバルアンと兵たちが集まりかけたところだった。内城の前に兵を整列させ、バルアン将軍が前に進み出てくる。

「炎熱騎士団二千五百は潰走いたしました。城内の敵兵も、すべて武装解除させて拘束しています」

「ご苦労だった、バルアン将軍」

 バルアンに対するクレインの態度に、レイシアが驚いたように目を丸くしていた。レイシアからすれば、急に居丈高になったように見えるのかもしれないと思い、クレインは内心苦笑した。

 クレインは兵たちの顔を見回した。兵の数は五百人ほど減っていたが、生き残ったものたちの顔は妙に晴れ晴れとしていた。自分たちの誇りを取り戻したような、確かな充足感を思わせる表情だった。

(やはり、彼らにシメオンのことを知られるわけにはいかない)

 自分たちが、教国最強の十二神将に操られているなどと知ったら、軍の統率は一瞬で崩壊するだろう。

 大きく深呼吸してから、クレインは声を張り上げた。

「諸君らの働きで、我らはオービルを取り戻した。だが、これはまだ始まりに過ぎない。戦は続く。今日よりも過酷で、厳しい戦が何年にも渡って続くだろう」

 耳が痛い内容の話にも、兵たちは真剣に耳を傾けていた。彼らの瞳には、まだ静かな闘志が燃え続けていた。

「だが、その苦しみこそが誇りだ。他人から与えられた運命を、ただ受け入れるだけの者にはない痛みだ。我らはこの痛みに耐え、すべての王国民の手に、再び自由を取り戻さなければならない」

 賛同するように、兵たちが声を張り上げる。それを片手で押さえてから、クレインは大きく息を吸い込んだ。

「諸君らとともに戦えることを、誇りに思う」

 兵たちが鬨の声を上げるが、今度はクレインも止めなかった。

 長い夜が、明け始めていた。

 黎明の空に向けて、鬨の声が高々と響き続けた。

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