「元気そうで良かったよ。たまに一緒に飲むんだけど、あいつも未だに気にしてるところあるしさ、今度会ったら話しとく」

 「……やめて。水をさすような事したくない」

 「けどさ……」

 「お願い。今、幸せなら、それでいいじゃない」

 いつもの優しい表情は影を潜め、痛苦を堪えるような彼女の顔に、はっと気が付いた望実は、扉を思い切り引き開ける。話の内容は分からない。しかし彼女が傷付いているのは分かった。

 「こんにちは!」

 精一杯の声を上げ、ずんずんと進んで2人の間に割って入る。敵愾心を抱きながらめるように男性を見上げる。

 こんな事、普段なら出来ないが、大好きな彼女を傷付けていると思うと、頭に血が上っていた。一驚した様子の2人だったが、

 「お客さんみたいだから、俺帰るよ。じゃあまた」

 男性は単に客だと思ったようで、軽く手を上げて出ていく。それを確認した望実は直ぐ様彼女に詰め寄る。

 「ナイーブさん大丈夫っ? またどこか怪我したんじゃない!?」


 すると呆然としていた彼女がようやく状況を理解したのか、くしゃりと泣きそうな顔で微笑む。

 「ありがとう、庇ってくれたんだね。体は……ちょっと腕が痛いかな」

 そう言って、袖をたくしあげる。そこにはまさに、たった今出来たような真新しい裂傷。本当に不思議な症状だが、今はそれよりも手当てをせねばと彼女を急き立てる。

 いつもの事だからと、おっとりしたその行動をもどかしく思いながらも、手当てが済んだ頃、問い掛けてみる。


 「さっきの人、ナイーブさんの知ってる人?」

 「うん、そうだね」

 「何か嫌な事言われたの?」

 「ううん、あの人は何も悪くないよ。あの人は私が元気にしてるかなって心配して来てくれたんだよ」

 「……でも、じゃあ何でナイーブさんには傷が出来たの?」

 納得のいかない望実が質疑を重ねると、困ったような、それでいて悲しげな表情が返ってくる。

 

 「あの人が悪いんじゃなくてね、あの人と話してたら、思い出した事があって……それがショックだったんだよ」

 いつもの穏やかな声音。気持ちがなだまる。しかしやはり彼女が傷付くのは嫌だった。そんな事を考えていると、カウンターに置かれた救急箱の赤十字が視界に入り、望実は声を上げる。

 「聞いてナイーブさん!」

 「どうしたの?」

 「あのね、この間話した子から聞いた本にね、ナイーブさんの体と似てる話が書かれてたの」

 なかなかに分厚く、小さい文字だった為、読破するのに時間が掛かったが、それは興味深い内容だった。

 聖痕とは、主にキリストの信者らに現れる傷を指す。何らかの病気の症状として傷が出来ていると思っていた望実は拙い言葉でその一驚した内容を説く。


 「そっか……望実ちゃん、そんなに難しい本も読んで調べてくれたんだね。いつもありがとう」

 「ううん。ナイーブさんの体、治ってほしいから。でもね、その聖痕っていうのが出なくなる方法は書いてなかった……」

 落胆する望実に、彼女は優しく微笑んで頭を撫でる。


 「落ち込まないで。私は大丈夫。それにね……私は信者とは反対なんだ。神様を信じてないんだよ」

 

 笑っているのに、悲傷が宿る表情と声音。

 彼女の奥底に秘められた真意が、分からなかった。

 そこに手を伸ばすには、あまりに遠かった。

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