第五章 温もりの兆し

 週が明けて数日が過ぎたが、優が登校してくる事は無く、望実は些か残念に思いながらも、長らく登校しなかった相手がそうそう学校に来る訳も無いかと緩やかに考えていた。

 しかし、今日も保健室で自習していた望実の前に、午後になって飯島に連れられた当人がその姿を見せる。


 「今日はほら、村瀬さんだけだから。そんなに緊張しないで」

 やんわりと肩先を押されて入ってきた優は酷くおどおどした様で、やはり学校は怖いらしい。


 「……あの、隣、座る?」

 見兼ねて自分が座っていた長机の傍らを示すと、喜悦と安堵に表情を緩めた優が控え目に隣にやって来て腰掛ける。 

 それを見た飯島も、ほっとした様子で再び扉に手を掛け、

 「先生ちょっと職員室でコピー取ってくるから、2人共好きにしてていいからね」

 そう言って出ていく。取り残された望実は、いざ話をしてみようにも急には話頭を見付けられず、困窮してしまう。そうこうしていると、意外な事に優の方から小さな声を掛けられる。


 「村瀬さん、難しい本読むんだね」

 指し示されていたのは、目の前に積んでいた図書室から借りてきた数冊の医学書。あれからもナイーブさんの特異体質について調べ続けていたのだ。

 「ううん、いつもなら読まないよ。調べたい事があるんだ」

 そこまで言って、ふと問い掛けてみる。

 「ねぇ、中園さんは本たくさん読む方?」

 「え? う、うん。本読むのは好きだよ」

 聞けば、平日の日中は生徒がいないので、外出が出来そうな時は時偶ときたま図書館に赴いているらしい。

 「じゃあさ、急に体に傷が出来たりするような話って見た事無い?」

 自分でも何を言っているのだろうと望実は思ったが、ナイーブさんという特別な存在は秘密にしておきたくて委細を話せなかった。

 暫く優は思案していたが、こくりと頷きを返す。

 「あるかも……」

 「ほんとっ? 何ていう本?」

 「えっと……ごめんね、思い出せない。たぶん、見れば分かると思うんだけど……」

 小さな声で申し訳無さそうに目を伏せた優の言葉に少なからず落胆する望実だったが、次の瞬間、思い掛けない事を言われる。

 「一緒に行かない? 図書館」

 「え? 放課後に? でも中園さん、放課後だと怖いんじゃない? 帰り、宿題してる人とかいるよ?」

 「うん……怖い。けど、村瀬さんが一緒に来てくれたら大丈夫だと思う。それに、この間、話し掛けてくれて嬉しかったから」

 

 また、話したい。そう思ったのは相手も同じだったらしい。

 それを聞いて嬉しくなった望実は『ありがとう』と、ナイーブさん以外で初めて友達になれそうな相手に微笑んだ。

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