保健室で1日を過ごした望実は放課後になると、思い巡らせながらもソレイユへと向かって歩いていた。あれから優は早退してしまったらしく、その事も気になってはいたが。

 (すぐ行ったら迷惑かな……忙しくしてたらどうしよう)

 そもそも店にいるだろうか? 休みがちと言っていたが、と思った矢先、曲がり角であの涼やかで優しい声音に呼び止められる。

 「望実ちゃん!」

 「ナイーブさん、って凄い荷物一杯……」

 にこにこと傍へやって来た彼女の押していた自転車の籠には大きなビニール袋。荷台の箱も詰まっているのか、左右のハンドルにも同様の物がぶら下がっており、大荷物である。

 「うん、それがね、明日の休みにお花見で食べるっていうお弁当の注文が入ってね。今、材料の買出しに行ってたんだよ」

 「そうなんだ……ナイーブさんは、車に乗らないの?」

 えっちらおっちらと自転車を押す彼女は大変そうで、そう問い掛けてみるが、どうも事故に遭ってから恐いらしい。何だか悪い事を訊いてしまったと思いながら、店の前に着くと自然と荷物を取り、中に運ぶのを手伝う。

 「ありがとう、望実ちゃん。ところでウチに来てくれたの?」

 頷くと、嬉しそうに飲み物を用意し始める彼女の姿を見て、ここに来るまでの悩みが吹き飛ぶ。迷惑そうでなくて良かった、と。

 そうして今日は保健室にいた事、図書室から本を借りてきた事などを話す。


 「ナイーブさんの事、少しでも分かるといいと思って。だって、それが治ったら、もう怪我して痛い思いしなくて済むよね」

 そう話しながら医学書を見せる望実に、彼女は泣きそうな顔でその頭を撫でる。

 「ありがとう、この体の事心配してくれて。でも……私は望実ちゃんの方が心配。私みたいに体に傷が出来なくても、たくさん心が傷付いてるよね」

 目に見えない故に、平気だと思う、傷の深さも分からない人は多い。彼女の言葉は望実の抱えている闇そのものだった。

 話しても理解してくれない教師達が浮かぶ脳裏。幾度も幾度も考えた事だ。心の傷が目に見えれば、と。

 そして同時にそれが叶わない事実を憎悪する程に。


 「……心が、見えたらいいなって思うけど、ナイーブさんは心も傷付いて、それが体に出て怪我もするんでしょ? それは大変過ぎるよ」

 もしかしたら解決策が見付かるかもしれない。だから調べるんだ、と奮起する望実に微笑みが返る。

 「そういえば、今日図書室で隣のクラスの子に会ったんだよ」

 ふいに優の事を思い出し、その事情も掻い摘んで話す。自分はあの栗色の髪色が似合っていて可愛いと思う事。教師の押し付けるような言い方が嫌いな事。彼女は口を挟まず、静かに、ゆっくりと聞いてくれる。


 「友達って押し付けでなるものじゃないよね……望実ちゃんはその子と話して嫌だった?」

 「ううん」

 「また話したい?」

 その問いは僅かな思案を生んだが、望実はすぐに頷く。

 「うん。そういう事だよね」

 微笑む彼女を見て、納得する。また、話したい相手。『また』を望む相手。ごく自然な気持ち。

 「今度学校に来てたら、また話してみようかな」

 そう言うと、一層目を細める彼女。自分の事でこんなにも喜んでくれたり、そして学ばせてくれる。

 何かお返しが出来たらいいのに。店を出た帰り道、望実は黄昏の空を仰いで思った。

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