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「望実、望実、大丈夫?」
呼び掛けと共に体を揺さ振られ、目を覚ますと、母の姿が視界に映り込む。帰宅していつもの連絡を飯島にしてから、自室のベッドに寝転んでいたが、眠ってしまっていたらしい。
「大丈夫? 具合悪いんじゃない?」
「え? ううん、何か眠くなって……寝てた」
恐らく泣き疲れがあったのだろう、やや腫れぼったい目を瞬きながら上体を起こす。時計を見ると、もう夕刻だった。
「お母さん、今帰ってきたの?」
「うん、そう。呼んでも出てこないし、覗いてみたら寝てたから、具合悪いんじゃないかと思って」
「ううん、大丈夫……それより、今日も遅かったんだね」
昨日と同様の帰宅時間に、最近スーパーの仕事が忙しいのかと訊いてみると、はっとした反応が返ってくる。どうやら言うのを忘れていたらしい。
「ごめん、今日遅くなるって電話してなかったね!」
それは別に構わないと望実は思うのだが、早退すると連絡が来た日に、急遽定時で帰れなくなった場合は、昨日のように遅くなる旨を伝えておくのが母の決まりらしい。
早退すると聞いて、具合が悪い場合もあるのでは、と思うらしかった。親心というのだろう、それは望実自身伝わっていた。
「そうだ、ちょっと来て! 昨日職場の人が用事で実家のある他県に行ってたんだけどね、っていうかお母さんそれで仕事増やされたんだけど……とにかく、その人にお土産貰ってさー」
若干恨みがましい事を挟みながらの母に付いていくと、リビングのテーブルに置かれていた紙袋を手渡される。中身はそこの銘菓だった。
「これ、高いんだよねー、美味しいのかな? 食べてみて!」
子供のようにわくわくした様子の母に促され、向かいの椅子に腰を下ろして一口齧ってみる。
「……うん、美味しいよ」
「本当!? じゃあ望実が全部食べて!」
「え、何で? お母さんも食べなよ」
「お母さんはいいから!」
美味しいと聞いてから、今度は嬉々として破顔した母に、ぐいと菓子箱を押され、迷いながらも2つ目の包装を破く。
「これくれた人、お土産って事は帰ってきたんでしょ? お母さん仕事増えたままだったの?」
「あ、今日ね。今日遅かったのは、全然別の事でね」
その言葉を聞き、今日の出来事を思い出した望実は、ふと母に訊ねてみる。
「……お母さんも、嫌な事とか、たくさんある?」
「うーん、そりゃね! お客さんに理不尽に怒られたりとかもあるし、腹立つ事も言われたりするよ。職場にも、家庭で色々あったりして精神科に通ってるっていう人がいるしね」
母の語りを聞きながら、やはり誰しも多かれ少なかれ苦悩して日々を歩んでいるのだと再度認識する。
自分だけじゃない。けれど、いじめという凶器は鞘に収められる事は無く、延々とこの身を貫いていく。
途端、鬱いだ気持ちのまま視線を伏せると、明るい母の声が耳に届く。
「まぁ、お母さんの場合は望実を育てる為だから、頭に来る事があっても気にしてらんないし、すぐ忘れるようになったけどね」
懸命に働く母らしい言葉。その笑みに望実は曖昧に笑い返した。
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