第三章 痛みを掬う人

 テストを済ませると同時に早退した望実は自宅に向かわず、当て所無く歩いていた。

 帰る間際、担任から備品の窃取に関する詰責をされたが、押し黙ったままいたら長嘆息で話を打ち切られたのは良かったと思っていた。

 もう、自分が犯人かそうでないかなんて関係無かったのだ。何を言っても無駄なら、言葉など要らない。

 結ばれた唇から鉄錆の味がした頃、ようやく足を止める。

 母は仕事に行っている時間の為いないだろうが、家にはまだ帰りたくなかった。

 どこへ行こうか。思案する脳裏に浮かんだのは、昨日出会った彼女の姿だった。

 悪さされぬようにと小さく畳んで制服のポケットに大事に仕舞っていたタオルを取り出し、母から聞いた場所へと歩き出す。

 時折擦れ違うジョギングをしている男性や、犬の散歩をしている女性が、羨ましく思えた。

 少なくとも、今の自分に与えられる痛苦程の思いはしていないだろうと。


 商店街から逸れた小道を行き、それらしい店は無いかと目を配っていると、曲がり角で人影を捉え、立ち止まる。

 よく見ると、あの彼女だ。その傍に、若い子連れの女性客の姿。何やら揉めている様子だった。


 「こんな所までわざわざ来たってのに、売ってないとかありえないんだけど!」

 「申し訳ありません。本日は予約分しか扱っていなくて……」

 「だから! 余ったのとか無いの?!」

 「はい、全て卸してしまって……」

 本当に申し訳無さそうに低頭する彼女。心底から謝しているのは看取出来た。しかしながら、女性客は不平を並べたまま。

 「子供だってお腹空かせてるのに!」

 するとその言葉に暫しの制止を求めた彼女は店内に引っ込むと、何やら小さな包みを手に戻ってくる。

 そして女性客の連れていた男児の目線に屈んでそれを差し出す。

 「お腹空いてるのにお弁当無くてごめんね。これ少ないけど……サンドイッチ、ママと食べて」

 優しく微笑む彼女に、釣られてにっこりした男児がそれを受け取る。

 「ありがとう!」

 「……何よ、こんな物……」

 素直な子供と違い、未だ釈然としないのか、礼も告げずにぶつくさ言いながらその手を引いて女性客は去っていく。

 そんな背中に最後まで低頭していた彼女を見つめていた望実は、ふいにこちらを振り返った視線とぶつかり、慌てて俯いてしまう。

 

 「……あれ? 昨日の……昨日の子、だよね?」

 傍へとやって来た彼女に顔を覗き込んで微笑まれ、くすぐったい気持ちと自分を覚えていてくれたという喜悦に、ますます言葉に詰まり、手中のタオルを差し出す事しか出来ない。

 「タオル? これ私の? わざわざ持ってきてくれたの?」

 察してくれた彼女に首肯を返すと、とても嬉しそうに受け取ってもらえる。

 「ありがとうね。あ、よくここの場所が分かったね?」

 「お店の名前、覚えてたから……お母さんに聞いてきました」

 「そうだったんだ。学校があるのにごめんね」

 そこまで言って、まだ昼前な事を思い出したのか、はたと首を傾げる。

 「今日は午前中で終わり?」

 「今日は……」

 何と言えば良いのだろう。望実は思わず返答に窮した。早退したと言えば、ここに来た自分は到底具合が悪いようには見えない。サボったのかと咎められないだろうか。

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