第二章 檻と獣達

 翌朝、目覚ましを止めた望実は、普段なら渋る登校の支度をする為、早々と起き出してベランダへと出ていた。

 洗濯物が乾いていたのを確かめると、取り込んで畳み、顔を洗って制服へ着替える。

 本当なら行きたくはないが、学校を休むと後ろめたさ無しには出掛けられないと考えたのだ。

 昨日の彼女に、きちんとタオルを返したい。望実はそう思っていた。

 リビングのテーブルに着くと、卓上に用意されていたパンを口に運ぶ。母は自室でまだ休んでいる為、朝はいつもこうだった。

 もう何年も続くこの日常も、母の仕事の事情も、望実は不満に思う事は無かった。

 勿論、寂しく思う頃もあったが、母が懸命に働いているのは自分を育てる為だからと理解するようになってからは、それも息を潜めた。

 夜中、仕事から帰宅した母が、必ずそっとこちらの自室を覗いてから休む事を望実は気付いており、細やかに嬉しく思っていた。

 ほんの少し香る化粧の匂いが、母が帰ってきたサインで、ほっとするものがあった。

 母はさばさばした性格で、決して厳格な人ではなかったが、学校で起きている辛い現状を話す事は出来なかった。

 それは望実が度々の早退や休みを言い出した当初に言われた言葉がきっかけだった。


 『学校はきちんと行きなさい』


 それを聞いた時、いじめの事を話しても、助けてはくれない気がしたのだ。

 それどころか、そんな事で、と、弱い自分がいけないのだと叱責されると思うと途端に怖くなった。

 その為、いじめの事は話せなかったが、恐らく呆れてしまったのだろう、早退や休みの件について何も言われなくなった事には少なからず安堵していた。

 さして食欲も無かったが、最後までパンを詰め込み、望実は玄関のドアを押し開けた。

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