「あー、遅くなっちゃった! 昼寝する時間無いなー」

 夕刻。ガサガサとビニール袋の音を響かせて帰ってきた母がそう言って笑う。

 普段なら午後3時も回れば帰宅して、夜の仕事に備えて少しでも仮眠を取るのだが、大して残念そうでもない。

 そんな母に近付き、思い切って声を掛ける。

 「お母さん」

 「んー? どうかした?」

 「あのさ……ソレイユっていうお弁当屋さん、どこにあるか知らない?」

 買ってきた食品をビニール袋から取り出していた母の手がにわかに止まる。

 「……何で知りたいの?」

 顔を上げてこちらを振り返った母のその言葉は予想しておらず、望実は思わず返答に詰まる。

 早退までして、勉強に関係の無い事を口にしたのが悪かったのだろうか。しかしながら母は、自分がしょっちゅう早退をする事には、何も言わず、怒りもしない。

 初めは本当に具合が悪いのかと訝しがったが、それもある日を境に一切無くなった。

 現状も、怒っている、といった顔でも声でもない。ただ、質疑に質疑で返され、望実は戸惑っていた。

 その様子に、母は再び一笑する。

 「逆に訊いてごめんごめん! いや、そこに行きたいのかなぁって思って。お弁当か、分からないなぁ……あ、携帯で調べてみようか」

 そう言うと自身の携帯電話を弄り、暫くした後見付けたと声を上げる。少し入り込んだ場所にあるようで、何度か道筋を聞いて納得した望実は『ありがとう』と僅かに表情を緩める。

 「じゃあ、ご飯作るからね。っとその前に洗濯物回さないとだった!」

 「待ってお母さん、洗濯ならしておいたよ。ブラウスとか……洗いたかったから。あと鞄も、ジュース零しちゃったから干してる」

 思い出したように洗濯機へと向かおうとする母を制し、望実は洗濯をした事に適当に理由を付ける。

 あのタオルだけ洗う事も干す事も不自然に思われると考えた結果だったが、その言葉に母は助かったと朗らかに笑って台所に立ち、手際良く夕飯を作り始めた。

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