第1章 示寂の涙

 「お前はなんの為に生きてるんだ!」

荒々しい鼻息と迫りくるゴツゴツとした拳とと共に父はそんな言葉を吐いた。

なんの為だとか、殴られる為だとかそんな考えをする間もなく拳は右頬を正確に捉え振り回すように放たれた拳は半円を描く。

殴った瞬間父は痛そうな顔もなければ笑っているわけでもない只々、怒りに満ちた 顔で俺を見下す。

殴られた当人たる俺はと言うと突っ立って何事もなかったかのように父を見据える。

「なんだその目は、私はお前に唯一の生きる意味を与えてやっているんだぞ!」

血の繋がり。

法的な婚姻。

温かな家庭。

温かな母と厳しい父。

気が知れた兄と姉。

そういったものを纏めて精製した繋がりを家族と言うのであれば俺達は家族ではない。

そして、殴られて罵られ詰られて黙っていられるほど俺は無感情じゃない。

頭に血が上りやすい。そこが、俺と父の唯一の遺伝なんだと思う。

「……うるせぇ! うるせぇよ! くそ野郎! 俺はお前のスペアでも、誰のドナーでもねぇ! 俺は俺の為に生きてるんだ。お前が俺に指図するんじゃねぇ!」

カッとなって父を俺はそんな風に煽って見せた。

吐き出した思いと共に切れた口内から流れた血が飛び散り父の顔に少量ばかりかかってしまう。

父は死ぬ。

それもとても苦しむ心臓病で死ぬのだと医者から聞いた。

初めてそれを聞いたときは俺はどんな顔をしていたのか。笑っていたのか、泣いていたのか。

暴力的な父がやけに哀れに思えた。哀れで痛々しい一人の人間だと初めて認識できた。

医者の詳細な話をそのあとに聞いたが、俺はには理解できなかった。

ただ、そんな俺でも父の最後に残された生きる希望は心臓の臓器移植なのだと理解した。

しかしながら臓器提供には大きな壁がある。

臓器提供を希望する人に比べて、圧倒的な提供者の不足に加えて心臓などの重要臓器は臓器提供者が死んでいないと提供できない。

しかし、できないわけではない。提供者と提供の意思さえ確保してしまえば、簡単にやろうと思えばできてしまう。

例えば、ドナーを脳死に追い込むことなど――

「育ててやった恩義を忘れたのか? お前をここまで育ててやったのは誰と思ってるんだ!」

父の怒りには裏がある。

散々、家族としてみていなかった俺の心臓は家族である父の体に適合することが分かったのだ。

 皮肉だったのだ。

 父にも俺にも。

もっとも嫌う者同士が価値を見つける。俺は生まれた価値を知り、父は命の価値を知る。

 されとて、価値を知るのには遅すぎた。俺は父と真ともに話したことがない。おそらくその逆も。

「おまえが望んで生んだんだよ! 誰が生んでくれとお前に頼み込んだんだよ! お前の息子だなて誰が望んだ! 俺は望んでない! こんな家族にも、生まれてくることにも何一つ望んでない」

 本心で叫び、父の目は血走り両手を俺の首元へと伸ばした。

「お前は!」

 俺は抵抗せず父の両手を受けれるが、倒れず、父の目をにらみつけた。

 苦しさなど忘れ俺は父に訴えかける。

「オぉ――レは――おっ――まえの――がぁわりじゃないぃ」

意識が遠のく。

息苦しさも薄れえていく。

きっとこの体は父の為に犠牲になる。

――いやだ。いやだ。

こんな人生……嫌だ。



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ガングゥート いつみきとてか @Itumiki_toteka

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