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錆びた門と、誰が手入れしているのかわからない花壇。砂だらけの階段。くたびれた校舎。長い廊下。ところどころ剥がれている壁。重たい扉。


そこは思った以上に学校だった。


久しぶりに聞いたチャイム。

授業が始まるギリギリに来たのは、自分の席がわからないから。


1つだけぽつんと空いた席を見つけたら、私はそこに腰を下ろした。まだ誰とも会話をしていない。視線を下に向けていたから私のことを誰かが見ているとかもわからない。

きっと幽霊みたいに思われているんじゃないだろうか。私は怖くて前を向くことができなかった。


そのとき、前の扉がガラガラと開く。



『はい座れえ〜』



心臓がドクっと音を立てた。

聞き覚えのある声。萩野先生。


私は少しだけ視線を上げた。前にスーツを着ていたからてっきり普段もスーツなのかと思ったら、先生は青色のジャージを腰パンしている。確かに髪色を含め総合的に見たらほとんど違和感はないけど教壇に立つ身としては違和感ありあり。



「え!萩ちゃんなんで?」


「やったぁ、萩ちゃんの授業?」


「1時間目数学だよ?」



次々と女子達の声があがる。

どうやら先生は人気みたい。



『お前ら朝からうるせぇ。なんでそんな元気なわけ?、今日は数学の田中先生が用事で休みだから俺なの。じゃあこの時間は自習にすっから。』



まだきゃーきゃー騒いでる女子達。

それをうるせぇって耳を塞ぐ先生。この人本当に教師だったんだって別にまだ疑ってたわけじゃないけど思った。

私がちゃんと毎日学校に行ってたら、みんなみたいに萩野先生にきゃーきゃー言ってるうちの一人だったのかな。そういうの楽しいだろうな。


出席を確認するために先生は右手にペンを持って1人1人を指しながら人数を数えた。

ペン先が私の元まで流れてくるとペンの動きが止まる。



『お、原!』



さっきまでのざわつきが嘘みたいにピタッと止んでみんなの視線が一気に向けられた。

怖かった。あれから先生の言葉が離れなくて勇気を出して来たものの、これじゃ来ない方がよかった。



『お前来たんだな、』



先生、なんでそんなに普通に話すの。

私は普通じゃないから、こんな状況慣れてない。先生の周りにいる女子高生と同じ扱いしないで。




「アヤカちゃん?」




硬直して何も聞こえていなかった私の耳に唯一聞こえた声だった。




「アヤカちゃんって進級してからすぐにいなくなっちゃったアヤカちゃんだよね?」


「うわぁ久しぶりじゃん、なんか大人っぽくなった?」




みんなが私に話しかけてくれる。

「久しぶり」「わかる?」って私のことを覚えててくれたんだ。

いつの間にかできた円の中心に私はいた。

クラスメイトの人混みを視線でかき分けると何事もないように教壇で出席簿をつけてる先生が見えた。









「先生!」




校舎裏の隅に先生を見つけた。

相変わらずジャージを腰パンして口には煙草を咥えている。



「先生、学校内は喫煙禁止じゃ…」


『ここは見られない場所だから大丈夫、あと未成年のくせに飲酒とか繰り返してるお前に言われたくねぇ。』



先生がふーって吐いた白い煙が空中をさまよって消えた。思わず息を止める。



『で?どうした?』



先生の言葉があったから来たのに。先生があのときみんなの前で声をかけてくれたから安心できたのに。先生はそんなの当たり前みたいな顔してる。

せっかく感謝していたのにちょっとだけ悔しくなった。



「別に、なんでもないです。」


『素直じゃねぇなぁ、』



先生は煙草の火を消した。

先生がどこかに行ってしまうと思って、少し無理矢理 話を切り出してみる。



「先生はなんの先生ですか?」


『体育。』


「あぁ。」


『水泳のとき女子の水着姿見れるから。』


「えっ?」


『うそ。』



真面目な顔して淡々と話してる。

やっぱりこの人は教師らしくない。



「先生、本当にあの夜何もしてませんか…?」


『どうだかなぁ?』


「なっ……!?」



この人は、教師じゃない…


先生は立っている私の横で腰を下ろした。その1つ1つの動作は先生らしいけどいつも怠そう。



『お前らの担任いるじゃん?』


「あぁ、はい、知らないけど。」


『あいつ用事じゃなくて入院らしいよ、さっき聞いた。』


「へぇ」


『今日からしばらく担任だなぁ、よろしく。』


「えっ!?」



下から私を見上げた先生はニヤッと笑った。それが何を意味するかはわからないけど、心のどこかでなんでだか喜んでいる自分がいて。みんなが先生にきゃーきゃー言う理由もわかってしまいそうな気もして……。

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大人ごっこ 日菜 @Kureome

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