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「強がっちゃってまぁ」
ぽてぽてと歩く物の怪は、半眼にした目で前方を見ている。対する昌浩は、足取りも軽く大路を
「別に強がってなんかないよ?」
「あ、そ」
けろりとしている昌浩の
百万の
もっとも、完全に重いものが消えたわけではないのだろうが。
あれからしばらく
考えてみたら晴明からは何も言われていないし、陰陽寮全体が
だったら、そのことはひとまず置いておいて、別の問題を片づけることに専念したほうがいい。
ふたりが向かっているのは、右京の
あれから現れていないが、思わせぶりな言葉の意味が、どうしても気にかかる。
「百足とか蜘蛛とか、出てきてくれると手っ取り早くていいんだけどなぁ」
物の怪は、ふいに
「…お前、少し背が
「え?」
思わず立ち止まる昌浩を、物の怪は後ろ足で直立して見上げる。
「ああ、やっぱり伸びたな。目線が遠くなった。しっかり育てよ」
時々遭遇する
無人となってから大分
なんとはなしに中を覗いた昌浩は、
やや置いて、背筋に冷たい
何かが、いる。
あの邸の中に、何かが。
昌浩はごくりと
物の怪が垣根を飛び越えて中に入っていく。昌浩もその後を追った。
「あとで薬
ぶつぶつ呟きながらすすきの間を
そこそこ広い邸だ。だが、
「ここ、
自分よりも
「確か…ずっと前に、当時の
「左遷されてって、飛ばされちゃったのか?」
「そのはずだ。その地で
軽い口調でいるが、物の怪の表情は
『………あの……男…』
昌浩ははっと首をめぐらせた。
目を
「…
化け物じみた気配を漂わせている。
昌浩は思わず息を止めた。
霊がその身から発し、まとわりつかせている気配は、
『……
「奴…?」
呟いた昌浩を、怨霊はぎっと睨んだ。しかし、
怨霊は一歩一歩昌浩に向かってくる。骨ばった白い手をのばし、
「う…」
「呑まれるなよ、晴明の孫」
「孫言うなっ!」
いつものように反射的に
怨嗟のあまりの激しさに、昌浩は
気をつけるべきだったのは自分だ。物の怪はちっと舌打ちした。あとで晴明に小言をもらう羽目になった。
「まぁ、自業自得か」
昌浩には聞こえないように呟いて、物の怪はずいっと前に出た。
物の怪の全身が
その後ろで昌浩もいつもの調子を取り戻した。物の怪が口にした「晴明の孫」が効いたようだ。
今日は
ざわざわと風が
構えた昌浩と物の怪を
『……あの男は…どこだ…!』
昌浩は
「…あの男…? ここの
「とっくの昔に死んでるぞ、それこそ
物の怪が言いかけた
「……ってて…」
背中と後頭部が痛い。顔をしかめながら立ち上がった昌浩は、
それを見た昌浩は、据わった目で物の怪を睨んだ。
「……ひとを
「非常時だ、忘れろ」
さらりと受け流す物の怪を、とりあえず
『奴は…内裏か!』
怨霊のまとった
昌浩の心臓が、自分の意思とは無関係に撥ね上がった。すっと血が下がっていく。視界が闇に覆われて、昌浩は
「昌浩!」
気づいた物の怪が思わず声をあげる。昌浩はそのまま
慌てた物の怪の意識が昌浩に注がれる。その瞬間、怨霊は
地の上に手をついて、昌浩はかろうじて
「奴の怨嗟にあてられたか。立てるか?」
問うてくる物の怪に
「内裏って…言ってたけど…」
内裏とは、やはり帝の
だが、内裏は六月の火災で焼失し、現在再建中だ。誰もいない。後宮には人もいるが、後宮というくらいだから建前上「男」はいない。昼間ならともかく、この時間だから確実に。
怨霊の
大内裏はもともと
「入れはしないだろうけど…あれが、くだんの怨霊かな」
昌浩の言葉に、おそらくな、と物の怪は頷いた。なるほど、あれほど凄まじい怨念を受ければ、
自分の胸に手を置いて、昌浩は何度も深呼吸を
立ち上がって辺りを
「捜して、
一応修行している自分でもこうなるのだ。無関係の者が
が、物の怪は異論を唱えた。
「そんな青い顔で、調伏できるか、ばか。とっとと帰って
「ばかってなんだよ、ばかって! 大体顔色と調伏できるかどうかは関係ないだろう!?」
《安倍
ふいに
昌浩と物の怪が同時に首をめぐらせると、視線の先に長身の
「あれほどの
昌浩は
「あれは怨霊と言うより、もはや化け物に近い」
だから戻れと、物の怪は言うのだ。何の準備もなしに
昌浩は物の怪をちらりと見やった。あさってを見ている物の怪は、後ろ足で首元を搔きながらそ知らぬふりをしている。
そうしながら、六合の
「…わかった」
頷いて昌浩は、物の怪の首を
「降ろせ、自分で歩く」
「やだよ、だって寒いんだもん。
顔を合わせないようにしながら、ふたりは
六合は軽く
再建
昼間は修理職の
六月の火災で焼死した者も多いため、
「晴明
定刻ごとの
当代の
土台はできている。柱も立った。屋根も
「誰だ?」
彼は
星明かりのみで暗いというのに、その人物は松明も持たずに
舎人は、
彼は
「おい、そこで何をしている」
低く
よく見れば、不審者がまとっているのは
近づくにつれて、その
がたがた
松明に照らされた相手の顔を見て、舎人はひっと息を
『…ここに…座する者は…!』
帝の昼の御所である清涼殿を囲む簀子は、
舎人は
恐ろしい男は再度繰り返した。
『この場に座する者は…!』
「……ふ…」
舎人は必死で声を
「藤原…行成…殿だ…、 そこは、
限界だった。
舎人はようやくそれだけを口にすると、
藤原行成。
その名を聞いた
『……藤原…』
そうだ。藤原行成。その名だ。どうして忘れていたのだろう、その
思い出した。
『待っていろ…!』
男はにぃと
ようやく捜し当てた。
藤原行成。待っていろ。この
右大弁、蔵人頭を
彼は内裏再建の責任者だ。進行具合を帝と内覧に
先日
どうにか期日に間に合った飛香舎は、真新しい
それでほっと一息ついた感はあるが、まだまだ完成には
彼の仕事はもちろんそれだけではなく、右大弁と蔵人頭としての重責もある。いささか
いつもより早めに
おかしい。
ふと、簀子と
なんだろう。
訝しく思った行成は、身を起こした。
蔀戸の向こうに凝然と立ち、僅かに開いた隙間からこちらを
闇に
行成は、苦いものが喉の奥に込み上げてくるのを感じた。今自分を取り巻く空気が、ぴりぴりと肌を
彼は、通常の人よりも少しだけ勘が良かった。あの白い
だから行成は、この日初めて
声も出せない痛みに、行成は頭を
『……許さぬ…許さぬぞ…!』
地を
その姿を見下ろして、
『苦しめ…苦しめ…!』
まだ足りない。足りるわけがない。お前は生きている。
お前のせいで、この身は
苦しめて、
『満ちた月が
続きは本編でお楽しみください。
少年陰陽師 禍つ鎖を解き放て/結城光流 角川ビーンズ文庫 @beans
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