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別に、これが日課になっているわけではない。はずだ。
「……だってそうじゃないか」
苦虫を十
応じる
「ま、確かに」
「そりゃあね、俺はほぼ毎晩都の
昌浩の目の前でちょこんとお座り体勢の物の怪は、前足を器用に
「いやいや、ここにいる
ここで、そうだそうだと
昌浩は、苦虫をさらに数十匹は追加した顔になった。
「…そうか、知ってるわけだ」
「知ってるだろうさ。とーぜん」
物の怪は、
「なんたってお前は、半人前でいまいち
ここで、ぴくりと昌浩の額に青筋が
しばらく
「そうそう、俺たちみんな、お前に期待してるんだぜ」
「そうそう」
一匹の
と、昌浩の口端がひくひくと
「………だったらとっととどきやがれ───────っ!!」
真夜中の平安京に、いつものことだが
すでに
「……げ」
「ん?」
月はない。どんよりとした厚い雲に覆われて、星も見えない冬の夜空。風だけが冷たく、
昌浩はいつものように暗視の術を使っているので、昼間のように目が利く。だから、実に面白そうに
やがて、昌浩を潰している雑鬼たちも、その人影に気づいた。
「───ひっさしぶりだなぁ!」
最初に声をあげたのは、昌浩の頭に
それを合図に、何匹かがばたばたと築地塀の下に
「仕方がないから、
と、長身の影が音もなく
夜色の長布を
十二神将のひとり、木将
六合は無言で手をのばすと、雑鬼たちの中に
昌浩は
そのままとんと降ろされて、昌浩は苦虫を数匹嚙み潰した顔で築地塀を見上げた。
相も変わらず涼しい顔をして腰を下ろしている、二十歳くらいの青年。白か、それに似た
「なるほど、これが
「覚えなくてけっこーです!」
「まぁそう言うな」
軽く受け流す青年の左右には、彼を守るように
片や、
片や、まだ幼子と呼べる
ふたりとも十二神将で、昌浩は
十二神将の外見は、実に多様だ。
昌浩は、ふたりの神将を従えて
「いったい何しにきたんですか、じい様」
二十歳前後の姿をしている青年に対し、昌浩は当然の顔で「じい様」と呼びかける。青年のほうも全く意に
この青年、
晴明は、じきに
なのだが。
軽やかな足取りで昌浩の前までやってきた晴明は、快活に言った。
「たまにはお前と夜警も悪くないなと思ったのさ。評判の潰れも見てみたかったし」
「だから、評判ていうのやめてくださいよ、俺
ぶすくれる昌浩の額を軽く
「だったら
晴明の言葉ももっともなので、反論できない昌浩は
そんな孫に、晴明はふと思い当たった顔をした。
「そういえば、最近陰陽
昌浩は、言い表しがたい顔をした。
「……まぁ、それなりに。大体仕事も覚えたし、わからないことがあってもみんな親切だから特に問題は…」
それを聞いていた物の怪の耳が、ぴくりと動く。ちらりと夕焼け色の瞳を昌浩に向けて、意味ありげに
「
「そーですね」
おおいに
安倍晴明は、その比類ない力を
「私も昔は雑用ばかりだったな。そこから何を学ぶかが大事だ」
「………じい様、まるで人生を指導する老師みたいなこと言いますね、いったいどうしたんですか」
「実際老師だ、敬え敬え」
返答に
闇に包まれた大路の一角。
「……
気づくのが遅いと、晴明は言ったのだ。そして、晴明の言うとおりだった。
とうに夜半を過ぎた。丑の刻を回って、異界と
闇の中にのびている
晴明たちのまとう空気が
「…なにか、来る」
「なんだ?」
「さぁ」
口々に声をあげながら、彼らはそろそろと移動して、いつの間にか昌浩や神将たちの背後に回り込んだ。
それに気づいた昌浩が、さすがに言葉もなく雑鬼たちを
「要領のいい
半分
「こいつらは、昔っからこんなもんだ、気にするな」
「なんて奴らだ」
そのとき、風向きが変わった。北から吹きつけてきていた風が、
昌浩の背筋に、言葉にできないものが
ざりざりと、何かが移動するような音が風に乗って流れてきた。
じっと息を詰めて目を
「………
傍らに立つ六合をちらりと見上げる。彼はその肩にまとっている長布に手をかけて、呼吸を計っていた。下がったままの
「蛇?」
昌浩が
十二神将のひとり、火将
「紅蓮」
呼びかけられて、紅蓮は昌浩を一度見下ろした。軽く目で応じて、彼は再び闇に視線を投じる。昌浩は目をしばたたかせた。
あの金冠。一度
風が強くなった。ずりずりと何か重いものを引きずるような音を乗せて。
昌浩は、数歩前に出た。紅蓮と六合を従える形だ。
晴明は何度か瞬きをすると、口元だけで笑って数歩下がった。彼に従う天一と玄武が、不思議そうに見上げてくる。
「ま、お手並み拝見といこう」
ひそかな言葉は、すぐに風にまぎれてしまう。
「オンアビラウンキャンシャラクタン…!」
低く唱えて、昌浩は
ほぼ同時に、それまで闇にとけていた異形の
「
くわりと開いたあぎとには、
大蛇は一定の
しばらく大蛇を
「……
最初に感じ取った、底知れない妖気が感じられない。気のせいだったのか。
「異形の出現は、常に何の予兆もないものだ」
応じたのは六合で、昌浩は大蛇に視線を据えたまま隙をうかがっている。
大蛇が昌浩と
「しばらく静かなものだったが」
「
なるほどと、紅蓮は頷いた。
「今まで異邦の
「実際問題、この程度の
六合は
「ああ、それは言えている」
同意を示す紅蓮に、六合は更につづけた。
「見てくれはそれなりだがな」
「確かに。だがそれなりでしかなさそうだ」
昌浩の頭の上で、どこか
最初のうちはそれを
「少しは
ふたりは言われたとおりに口をつぐむ。
そんな彼らのやり取りを見ていた晴明は、笑いを必死に嚙み殺していた。紅蓮はともかく、あの六合がまぁ、よくしゃべる。
今まさに昌浩めがけて
紅蓮が無造作に放った炎蛇はそのまま大蛇の体内に
大蛇は大きくその身を
昌浩は大きく息を吸いこんだ。
「ナウマクサンマンダボダナン、ギャランケイシンバリヤハラハタジュチマラヤソワカ!」
その間にも、紅蓮の放った炎蛇が妖怪の体内で暴れまわっているのだ。
やがて、鱗の間から炎が噴き出す。のたうつ大蛇はしかし昌浩の術で完全に動きを
「
それを安全
「やった!」
「朝飯前だな!」
「次は
「そーだそーだ、じりじり前進!」
「
「孫言うな!」
どさくさに
はっと頭上を振り
まるで雨のように降り注いでくる銀色の破片。昌浩は
きらきらした鱗の破片を通力で
昌浩の頭に残った
「…随分と、
昌浩もまた
「うん、なんだか…」
今までに退治したどの妖怪とも
それまで孫たちの様子を静観していた晴明は、すいと足を進めて昌浩と紅蓮の間に入った。それから手をのばし、昌浩の頭をぐしゃぐしゃと
「わっ!? なんですか、じい様!」
晴明は何かを
「…いや、形のよい頭だな、と」
しばらくぐしゃぐしゃと昌浩の頭を搔き回して、晴明はようやく気が済んだのか孫を解放すると、その背をとんと
紅蓮がふいに目を
「ほれ、夜警をつづけるんだろう? こんなところで時間を
いいように搔き回された頭を押さえて、昌浩は顔をしかめる。
「いや、別に時間を潰したくて潰しているわけでは」
「問答無用だ」
「…はぁ」
無敵の笑顔を
「そら、お前たちもさっさと
左手で払う
「じゃあな晴明、まったなぁ!」
元気よく言い残して最後の雑鬼が消えるのを見届けると、晴明はそれまで口元に乗せていた笑みをかき消した。
彼らの主は、それまでずっと
手のひらには、白い欠片が乗っていた。それは
手を
風を切り
きらめきが、欠片を
白銀の
「────気づいたか」
「おそらくは、騰蛇も」
六合の言葉に、晴明は苦笑する。
「昌浩は気づいとらんだろうな。力が
昌浩自身にその自覚はないが、彼の霊力は過日の命がけの戦いゆえに、一時的に弱まっていた。時を置けば元に戻るが、それまでは周りの者が気を配らなければならないだろう。
晴明は、槍の切っ先で両断された欠片を
降り注いできた鱗の破片。これは、その中に混じって、昌浩に取り
力を込めて作られた、何者かの放った式だ。
いいや、と晴明は首を振った。
あの
以前
気づかなければ、これはおそらく、昌浩の体内に入りこんだだろう。そういう類のものだ。
「
晴明が手をかざして低く
それを見届けて銀槍を収めた六合に、晴明は告げた。
「
一度言葉を区切って、晴明は西方の空を
彼は、夢を見た。いずこかの墓が暴かれて、
だが、それがどこなのか判明する前に、彼は目を覚ましてしまった。
それはあるいは予知夢だったのかもしれない。もしくは、
判ずるために式占を行った晴明は、その結果に不穏な影を見た。ゆえに、
放っておけば、昌浩の身に
晴明は苦笑する。こんなことをやっているから、
「六合よ、すまんが今しばらくは」
晴明の言を聞き終えるより早く、六合は
彼は、
六合の気配が消えると、晴明は一息ついた。昌浩には紅蓮と六合がついている。そして、
「
晴明は西の空を指し示した。
「不穏な動きがいずこかで生じている。
《承知》
風に
やがて玄武は、天一の
「……さて、では
神将たちを振り返って、晴明は笑った。
「昌浩たちが帰ってくる前にな。でないと、
安倍
「すぐに戻ると言い置いて出てきた手前、昌浩たちより
軽く
そんな主の言葉に、ふたりの神将はおかしそうに微笑んだ。
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