恋はいつも隣り合わせ。

syatyo

僧帽弁

 あの日、僕は恋をした。隣に引っ越してきた同い年の女の子だった。背中までストンと伸びた黒髪は艶めいていて、日焼けのしていない白い肌は透明感に満ち溢れていた。そんな彼女と一緒に過ごして早十年。僕は未だに気持ちを打ち明けられずにいる。


 ※ ※ ※ ※ ※ ※


 私にとって彼は世界で一番身近な存在だ。離れることもできなければ、これ以上近づくこともできない。そんな距離がもどかしい——。



 彼女は僕にとって大切な存在だ。流れている血の色さえわかるほど近くて、人生の一部だって共有してるのに、僕の想いを告げることはできない。ただ、彼女の温かい想いだけが伝わってきて——。



 私から彼に気持ちを伝えることは簡単だ。だけれど、彼からの返事は一向に来ない。いや、できないことなどわかっている。私たちの間には『それ』があるから——。



 僕はふと、隣の男女に目を向けた。彼らも僕たちと同じで、一生両思いにはなれないらしい。同じ、一方通行の愛だ。でも、情熱の大きさは僕たちの勝ちだ。今もこうして彼女から血のように赤々としたアプローチを受けているのだから——。




 ふと気づくと、時計の短針は十二の数字を過ぎていた。日曜日だというのに早めの昼寝をしてしまったらしい。そうやって後悔した僕は、夢を思い出した。


 左心房と左心室の恋。なんて現実味のない話なんだろうと笑い飛ばしてやりたいけれど、そうもいかない。何処となく僕の今の状況に似ているのだから。


 僕は静かに目を閉じた。何をしているのだろう、と。昼寝をしたことを後悔している場合ではない。僕と彼女の間には『それ』——僧帽弁そうぼうべんはないのだから。ならば、想いを伝えるしかない。できるのならば、するべきなのだ。


「よしっ」


 僕は意を決して布団から起き上がった。日曜日だ、彼女は家にいるだろう。思い立ったが吉日。覚悟を決めなければいけない。


 そうして一世一代の告白に踏み切った僕の心臓は、経験したことのないほど激しく暴れまわっていた。——まるで、心臓の中で誰かが誰かに恋をしているように。


 ——その日、僕が心臓とは違って、想いを伝えられたことは言うまでもない。返事は「明日でいい……?」と上目遣いで先延ばしにされてしまったけれど。

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