第9話 眠りし叛逆者

 「……おのれ」

 自分の剣が届かなかったことを悟り、メフィストは舌打ちした。

 「メフィスト様」

 空を飛ぶのが苦手なアモンが必死に羽をばたつかせて飛んできた。

 「どうした」

 メフィストは自分の激情を心の底に沈め、アモンに返事をした。

 「ベルゼブブ様が、城の地下へと来いと」

 「来ているのか?」

 「つい先ほど」

 「分かった」

 メフィストは剣を収め、歩き出す。

 その顔が怒りのどす黒い感情に染まっていることを感じ、アモンは体が震えた。


 城に着いたメフィストを最初に出迎えたのはロードだった。

 「お前が逃げられるなんて、珍しいこともあるもんだ!」

 芝居がかった仕草で笑う彼を無視して、メフィストは城の奥へと向かう。

 後ろを歩くロードのテンションがいつもより高いのは、彼の主食である新鮮な血が戦場ではたくさん手に入るから仕方のないことだが、それにしても腹がたつ。

 「はいはい、無駄口はそこまでにしてくれよー」

 声が響く。聞き慣れた声であり、その喋り方はとても軽いものであるが、メフィストの全身に鳥肌が立つ。

 先ほどまで陽気に笑っていたロードも顔を引き締め、声の主を見つめる。

 「君らで最後かな?」

 彼の前には、跪き頭を垂れている。その列の中に混ざり、メフィストとロードも膝を付く。

 「さて、まずは聖都ルシファーの侵攻作戦成功お疲れ様。見事なもんだね」

 「ありがとうございます、ベルゼブブ様」

 気だるげな体勢で椅子に座るベルゼブブは、あくびをかみ締める。

 「うん。まぁ、いいや。早速だけど本題に入るね」

 椅子から立ち上がり、ベルゼブブは背後にあった大きな扉に手を添える。

 「大昔、イデア・リングで一人の大罪人が捕らえられた。そいつはこっちの世界を守護する大天使でありながら、我々ヘル・アースと内通し、世界を混乱に導こうとした」

 悪魔たちが息を呑むのが分かる。メフィストも同じように緊張した。そんな天使がいたなんて話は聞いたことがない。

 「その天使を捕らえる為に犠牲になった天使の数は数千に及ぶと言われている。それだけ犠牲にしてもそいつを殺すことは叶わず、ある場所で厳重な体制の下、封印するのが精一杯だったらしい」

 扉が開く。その向こうに、淀みのない透き通った結晶の中で眠る一人の男が眠っているのが見えた。

 「それが彼だ、あの頃のままだな」

 その男は血にまみれ、激しい戦闘を終えたままの姿だった。

 「堕天使ルシファー」

 ベルゼブブがその名を口にした。

 結晶の中の男がゆっくりと目を開く。

 

 「…………」 

 眠り続けた男が、止まった時の中から動き出そうとしていた。

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