第5話 伝播する絶望
「はっ……はっ……」
瓦礫に足をとられ、走りにくい道をひたすらに走る。周囲の死体から焼け焦げた臭いが漂い、時々異形のシルエットがその死体を貪っている姿が見える。既に生き残っている人間は少ないのか、悲鳴はもうほとんど聞こえてこない。
それでもライオットは走り続ける。悪魔たちはライオットに気づかずにここまで来た。あと少しで外へと続く門が見えてくるはずだ。
「はっ……!」
道の割れ目に躓き、ライオットは初めて足を止めた。
「はぁ、はぁ……あ?」
そこで何かと目があった。
瓦礫の間に出来た空洞の中で、誰かがこちらを見ている。
「ひっ……」
「ぼ、僕だよ。ライオット君」
その声には聞き覚えがあった。
「あ……さっきの」
昼に出会った少年、アルタ・カリオーサが体育座りをしながらこちらを見ていた。
「ここでなにを……」
「早くっ!」
彼に勢いよく引き子まれた。
「あいつらに、見つかるだろう」
声を震わせ、目からは止めどなく涙が流れている。カチカチと奥歯を鳴らしながら彼は自分の体を抱いて息を殺していた。
「ここで、ずっと隠れていたの?」
「当然だろう!」
ライオットの言葉に彼は激しく反応した。
「こんな地獄の中でどうしろって言うんだ!騎士は何をしてるんだよ、僕らを守るのが仕事なのに!こんなになるまでどこにも……!」
「君も、騎士になろうとしていたじゃないか」
言ったって仕方ないことだ、それが分かっていても止めることが出来なかった。
「だったら君も……」
「戦って殺されろっていうのか」
「違うよ、そうじゃなくて―――」
「だったらどうだって言うんだ!」
アルタはライオットの胸倉を勢いよく掴みあげた。
「僕らは騎士になる試験で散々だったんだぞ!そんな僕らが、一瞬で街を壊滅させる化け物相手にどうしろって言うんだ!たとえば立ち向かって死ねば美談か?そんなのどうだっていい!僕は死にたくない、死にたくないんだよ!」
そこまで一息で言い切るとアルタは狂ったように笑い出した。
「そうだよ!死ななければなんだっていい!君はジョーカー家の人間なんだろ?だったら僕を助けてよ、君の家の持つその特別な力でさぁ!」
「そ、それは……」
ライオットは目を伏せた。
確かに自分の力はこの状況を打破できるだろう。だがそれは、使いこなせればの話だ。
乾いた笑いを続ける少年の姿を見ながら、ライオットは自分の無力さを―――。
「いやまぁ、どんな力があっても君は助かりそうにないね」
「は?」
突如として聞こえてきた声と、同時に横から伸びた白い何かがアルタの体を貫いた。
「精神狂った人間を救えるのは狂った人間だけだし、それでなくてもこのあたりに生き残りはいなさそうだしなぁ」
アルタは自分の体に突き刺さった真っ白な腕を見ながら、呟いた。
「おま、えのせいだ」
「……え?」
「お前が、ここに来たから!」
自分を憎憎しげな目でにらみつけるアルタに気圧され、ライオットは固まった。
「おーいおい、お友達に逆恨みは」
「黙れっ!」
白い腕を掴み、アルタは自分の力を解放した。
「お、電流」
それを気にする風もなく、その男はアルタの小さな体を瓦礫の間から無理やり引きずり出した。
「くそが!死ね!悪魔共め、死んでしまえ!」
「あははは、まぁ悪魔は否定しないけど、一応細かく言うと俺ヴァンパイアだから。しかも王様だからね?ヴァンパイア・ロード」
「関係あるか!くそっ、くそ!」
必死にもがいて突き刺さった腕から逃げようとする。
「その生き抜こうとする心構えは気に入ったけど、まぁもう諦めな。うちの大将は標的を殺し損ねるって言うのが凄く嫌いでね」
腕を引き抜くのと同時に、アルタの膝を踏み砕いた。
「あ……ああぁあぁぁあぁ」
弱弱しく、アルタは声を上げた。
「いやだぁ、死にたくない……おねがいじますぅ、どうか」
「だめだって」
アルタの目が、瓦礫の間のライオットを見た。
「たすけ―――」
そこまで言って、彼の命は散った。ヴァンパイア・ロードの右腕がアルタの胸を貫き、心臓を握りつぶした。
血まみれになった腕を舐め、ヴァンパイア・ロードはライオットに歩み寄る。
「せっかくの友達に恨まれたまま、残念だったね。まぁあっちで彼と仲直りを」
「
瓦礫に触れ、ライオットは叫ぶ。
「
「お?」
一瞬にして瓦礫は砂と化した。その砂を掴み、ヴァンパイアめがけて投げつける。
「目くらましのつも―――」
「
続けざまにライオットは叫ぶ。
砂の一粒一粒がとてつもない大岩となってヴァンパイアに襲い掛かる。
「なんだこれ、面白いなぁこの世界」
いとも容易くそれを破壊するヴァンパイア。
その様子を確認することもなく、ライオットは走っていた。門さえ抜ければ助かると信じて。
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