第2話 百魔夜行
「イデア・リング侵攻作戦、か……」
光射さぬ真っ暗な部屋で声が響いた。その声に含まれる感情は疑問のみだったが、不思議と絶望を連想させる何かがあった。
「数ある世界の中、なぜこのタイミングであの世界に目を付けたのだ」
「そりゃ、神のみぞ……いや、魔王のみぞ知るってもんよ」
軽い調子の声と共に、部屋に灯りが入ってきた。
「今までだって散々侵攻作戦はしてきたろ?順番なんか関係あったか?」
「多少はな、城を攻める時には砦から落とすのと同じように今までは征服してきた。今回は違う、今までもこの世界については何度か名前が挙がったが毎回避けていたのだ。それを唐突に」
「もういいだろそんなの、俺らは言われりゃやるだけだ。そんなことよりそろそろ時間だぞぉ、そんな無駄なこと考えてる暇があんなら剣の手入れぐらいしたらどうだ。こんな何もねぇ真っ暗な部屋に引きこもってないでよ」
開かれた扉の前に立っていた男が厭らしい笑みを浮かべて部屋の主に問いかけた。
「ふん、年中遊んでいる貴様に言われる筋合いはない」
主は男の方を見た。
男は何も身に纏っていなかった。真っ白な肌が晒され、引き締まった肉体と真っ赤な瞳はどこか危険なにおいを醸し出す。そして彼の両脇には女性がそれぞれ一人ずつ。
「いいんだよ、俺ちゃんはお前と違って真面目じゃないからな」
そう言うと男は女の首筋に噛みついた。鮮血が飛び散り、女の体がびくんと跳ねた。
男は構わずに音を立てて啜った。彼女の血を。
そのうち動かなくなった彼女をその場に捨てると男は口元に付いた血を腕で拭う。
「っかぁー美味いなァ。やっぱ若い女の血は最高だぜ」
「ロード。俺の部屋を汚すな」
主は男を窘めると、部屋の外へと踏み出した。
「ちゃんと持って帰るさ。じゃ、先に行っとくぜ。本日の演説も楽しみにしときますよ、最高作戦指揮官殿」
そう言い残してロードは歩いて行った。
「まったく、茶化すだけでいい気なものだ」
部屋に残された血溜まりを見ながら、少し羨ましく思った。
ヴァンパイア・ロード。
全てのヴァンパイアを束ねる王であり、この侵攻作戦の一員である。
奔放なその性格ゆえに指揮官のようなポジションになることはあまり無いが、戦闘力の高さから作戦の要点を任せている。
「メフィスト・フェレス様!」
自分の名を呼ぶ声に主は顔を向けた。
フクロウの頭をした男と、羽の生えた女性が膝をついて頭を垂れていた。
「全軍、出撃準備は整っております」
「ご指示を」
彼らはそう言いながらも一切顔を上げない。絶対的な忠誠心の表れだ。
それが彼は気に入らなかった。
「何度も言わせるな。私に対してそんな重苦しい態度を取るんじゃない」
「は……」
二人がゆっくりと頭を上げると、主は満足げに鼻を鳴らした。
「それでよい」
黒いマントを翻し、メフィストは外へと出た。
そこは展望台のような場所だった。遠くまで一望できるその場所は、だがしかし、邪悪なオーラによって歪んで見えた。
眼下に見える怪異の群れ。彼らはメフィストの姿を見ると、大きな歓声を上げた。
「……ここには何度立っても慣れんな」
自嘲するように笑うと、一歩前へ出て、声を張り上げた。
「出撃の刻だ、全軍心してかかれ。己の眼前の敵を斬り伏せろ、それが味方を守ることにつながる。貴様ら一人一人の戦いが、我ら全員の目的を果たすための重要な布石であることを忘れるな。武器を持つものに容赦をするな、死にたくなければ殺せ、すべてを破壊してでも生き残れ!」
一際大きな歓声が広場を包む。メフィストの背後に佇む二人は声を上げてはいないが、興奮しているのがよく分かる。
群れの中にロードの姿を見つけた。彼は薄く微笑んで、こちらを見ていた。
「お疲れさん」
彼の口がそう動いた気がした。
―――全く、面倒な役回りだ。
そんな心の声を押しつぶし、メフィストは右腕を大きく振り上げた。
それに呼応するように空が歪み、円形状の闇が生まれた。
「進軍せよ!勇猛なる戦士諸君!目標は―――!」
怪異たちが穴に向かって飛び込む。
「イデア・リング!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます