第643話 幻影.5

ギャリリと火花の様なものが散って軌跡を残す。右左、また右。カウントを入れて蹴り。チヴァヘナから与えられる攻撃をユイは凄まじい集中力でもって全て受け流した。


まともに受ければ刀を折られる。

刀に纏った水の刃をも用いてチヴァヘナの攻撃を受け流す度に青白い光が攻撃の軌道を残すため、端から見れば舞を舞っている風に見えるだろう。


もっとも、実際はそんなに優雅ではなく、一瞬でも気を抜けば首を落とされかねないギリギリの戦闘となっているのだが。


チヴァヘナの手刀の形にした腕の周りに見えない膜が高速回転をしている。恐らく魔力で作った攻防一体の魔力壁というものなのだろうが、これが結構厄介であった。


突けば槍、薙げば刀、受ければ盾。それが両腕である。

もっとも両刀使いとは幾度かやり合った事があるから対処の仕方は分かるが、何せ手刀の形から掌を向ければ圧の塊が飛んでくる。

今も隙をついてチヴァヘナの放った圧の塊が、回避した耳ともすぐを後方へと飛んでいって壁にヒビを入れていた。


『!』


だが、チヴァヘナも余裕ではない。何せ体の小さいグロレが圧を放った後の僅かな隙を狙って攻撃を仕掛けてくるのだ。

刃が空振り、慌てて飛び退いた場所に放たれる後ろ蹴り。

グロレも圧は嗅ぎ分けられるが全て解るわけではなく、ユイ同様殆どが勘で避けたり、リジョレを盾にして防いでいた。

鎖が圧を殆ど受け流してくれるのが助かる。


「大蛇の舞!」


刀から放たれた水の塊が大蛇となり飛び掛かるが、チヴァヘナの圧によって潰された。


「朧月!」


水蒸気を纏い、蜃気楼のように刀の見えかたを変えた攻撃では左腕に傷を負わせることが出来たが、すぐに回復してしまう。

やはりあの回復力はキツイ。何せこちらがわは傷を負ったまま、確実にダメージを蓄積していっていた。

激しい接近戦のなかそれでも対等に斬り合えているのは、長年の経験と戦闘態勢によって痛みが鈍くなっているからだ。


いや、あとひとつあった。


『はぁっ!はぁっ!はぁっ!』


チヴァヘナの息が上がっていた。

どうやら、長期戦は苦手と見える。内心ほくそ笑んだ。


『くそっ!』と、チヴァヘナが悪態をついた。


『いつもならっ、すぐに終わるのにっ!!』


集中力が切れてきているらしい。

段々と腕に纏う魔力の膜が緩くなり、チヴァヘナの体にはすぐに治るものの細かい傷が入るようになっていた。


それに対してユイはまだ余裕があった。このまま押し込めるか?

もう一段階集中力をあげようとしたとき、突然チヴァヘナの目が揺らぎ、ハッと何かに気が付いた表情を見せた。


『そうか、“アイツ”せいだ…ッ!!』


「!?」


突如チヴァヘナの魔力が膨れ上がり、景色が歪む。

これはヤバイやつだ。


『ユイ!』


リジョレがこちらへと来ようとしたが、制す。


「グロレを守れ!!」


目の前に水の盾を張る。アレは今まで見た圧よりも強力なものだ。加えて範囲も広い。受け流せるか?


鎖が再びユイの元へ行こうとするが、そうはさせまいとチヴァヘナが踏んで地面に縫い付けた。


『ちょっと埋まってろ!!』


景色が歪んだまま、見えない大質量の何かがユイに向かって突っ込んできた。

盾と接触。しかし、衝撃を受け流すことはできず、風船のように破裂し大破した。


「がはあっ!!!」


遥か後方の壁へと叩き付けられた。

腕を使い、受け身を取りはしたが、流しきれるようなものではない。ミシミシと音を立てて体が壁に押し付けられる。肋骨に激痛が走って呼吸ができない。


ボキン。

すく近くにあった障害物の突起部分が圧の影響を受けて折れ、そのままユイの方へと飛んできた。


このままでは押し潰される。


『ガルルッ!!』


済んででリジョレが間に入り、飛んできた瓦礫の盾となる。リジョレが瓦礫の勢いに負けてユイの方へと滑るが、それでも潰される直前で勢いを無くした。

突然圧が消えて瓦礫が倒れてきた。


壁に引っ掛かって助かったが、道を塞がれた。


その様子をみて満足げなチヴァヘナがジョウジョの方へと向かう。

しまった。狙いは向こうか。


「グロレ!こっちは良いから向こうの補佐を!!」


こっちに来ようとしていたグロレが急停止し、そのまま方向転換してジョウジョの方へと駆け出したチヴァヘナを追った。

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