第644話 幻影.6
チヴァヘナがやってくる。
攻撃をせずに、“ただ見ているだけ”の驚異ではなかった存在が、“実は一番の障害”だとやっと気付いたらしい。
アーリャと呼ばれた女は足を痛めたのか、それとも折れたのか、地面に転がったまま起き上がれず鎖の操作に専念していたが、その鎖も先ほどチヴァヘナに地面に埋められて脱出に手間取っている。
といっても狙いは己なので関係のないことではあるが。
(さて、どのくらいもつかね)
身の内にある魔力はさほど多くない。
潜伏していたライハの魔力を形を作るために使おうと思っていたのに、思いの外ガードが固くて干渉すらできなかった。
魔のモノとの共存、というか住み訳ができていたのには驚いた。そしてもっと驚いたのは、亡くなった筈の主、エルファラ様が居たことだ。
『望みを叶える手助けをしてやろう』
エルファラ様の魔力によってかろうじて存在していられる己は、恐らく一回でも攻撃を喰らえば消えてしまうだろう。こちらとしてもあの人間以外は正直どーでもいいが、チヴァヘナにだけは殺られたくない。
チヴァヘナの攻撃が空を切る。僅かな魔力でもたせている体は重く、動きは鈍い。魔法は疎か、能力も使うことはできず、こちらからの攻撃や受けても衝撃に耐えられずに形を失うのは充分だ。
『何?反撃して来ないの?ほらほら!!助けは無いわよ!!』
『……』
確かにそうだ。
誰が戦争している敵を助けようとか思うのか。
元より助けなど期待はしていないが、こいつにだけは殺られたくないという意地はある。
だけど、こちらは回避しかできない。
チヴァヘナの攻撃は今までの鬱憤を晴らそうとするかのように激しさを増していく。懸命に避けてはいるものの、そろそろ限界だ。
『!』
壁際に追い詰められた。
瓦礫によって道は塞がれ、逃げ場はない。
『きゃは!』
チヴァヘナが嬉しそうに笑いながら、武器と化した腕を振り上げた。
それを見詰めながら、ジョウジョは思った。
(…ま、最期なんてこんなものか)
人間の言葉では因果応報とか言うんだったか?沙汰かではないが、今の私にぴったりの言葉じゃないか。
殺して殺して殺して、そして、最後は大嫌いな敵に殺されて終わる。
本体は、初めて出会った善い奴の手に掛かったけど。
でも、役に立てたから良しとするかな、
だから、せめて消えるときは盛大に、チヴァヘナに枷となるよう呪いを打ち込んで消え去ろう。
そう決意してその時を待っていたのに、いつまでたっても衝撃は来なかった。
「むんっ!」
目を開けば、グロレと呼ばれていた赤毛の子供がチヴァヘナの攻撃からジョウジョを守っていた。
『…なんで…?』
思わず言葉が溢れる。
ライハを助ける為だけに現れた。
それだけの存在。
結果的にその他の奴等も助かったようだが、たったそれだけの為に守ろうとするだろうか?
『ちょっと!なに邪魔してんのよ!!こいつは仲間でも何でもないでしょう??なに助けようとかバカなことして私の邪魔をするのよ!! あんたらにとってはこいつも“敵”でしょう!!!』
「……」
火花が散る。
「この悪魔、敵意ない。それに助けてもらっている。ユイに言われたのもあるけど、助けて貰ったのは本当だから、だから危ない目にあってたら助ける。当たり前」
驚いた。なんて愚かな生き物だろう。
人間というのはとても愚かで弱くて、なのに、なんだろうこの感情は。
思えば、魔族こそ方向性は違えど同じく愚かな存在だ。
仲間といってもお互い利用関係で、いつでも裏切られる存在。弱いものは滅びるのが当たり前。それを助けるなんて、考えもつかない事だ。
でも、ああ、なるほど。だからエルファラ様は私を吸収せずに手助けをしてくれたのか。
理解できない感情が芽生えかけたような気がした。
「くっ、ううっ!」
邪魔をされたという苛立ちでチヴァヘナがグロレに猛攻を仕掛けている。
チヴァヘナの方が息が上がっているというのに、それでも圧倒的な力の差にグロレが押されてきていた。
その最中、視界の端に脱出してきたユイとリジョレ、そしてアーリャがこちらに鎖を飛ばそうとしているのが見えた。一瞬の気の緩み。その視線をチヴァヘナが見逃すはすがない。
『五月蝿い!!!』
一気に練り上げた魔力を腕に纏って三人に向けて圧と盾とを大量に放った。
地面が抉られるほどの攻撃で吹っ飛ばされる。
「ユイっ──!!!」
チヴァヘナの回し蹴りが鳩尾に直撃し、壁に叩き付けられた。
『…ぁ…』
呼吸が。
辛うじて倒れなかったが、すぐ前にはチヴァヘナが大量の魔力を手に集め攻撃を放っていた。
回避する時間すらない。
その時、ひとつの影がグロレを庇ってチヴァヘナの攻撃を受けた。
予想外の出来事に喜ぶチヴァヘナ。
まさかの事態に混乱したグロレ。
それもそのはず、チヴァヘナを庇ったのはジョウジョであったのだ。
腕がめり込んだ胸から、光の糸が解けるようにしてジョウジョの姿が朧気になる。それでも、逃がすまいというようにジョウジョの手はチヴァヘナの腕を掴んでいた。
『まったく、勝手に体が動くなんて。人間みたいな事しちゃった』
口許に笑みを浮かべながら、少しずつ光になって消えていく。
『あーあ、あの人と出逢ったのが味方側だったら良かったのに…───』
それだけを言い残してジョウジョは消滅した。
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