第642話 幻影.4

足跡が遠ざかっていく。行ったらしい。


「リジョレ、頑張れるか?」


『平気だ。そっちこそ集中しろ』


挟まれているのに平気なのは、フリーダンから譲って貰った魔具のお陰だ。毛の一つ一つが衝撃を逃す役割を担い、魔法陣の盾以外であれば受け流して自らの体を盾代わりにすることが可能となる。


最も刃物は効くし、なんなら衝撃以外のものは全て有効であるが、全身毛むくじゃらのリジョレには巨人の拳を受けても無事でいられるほどの防御力を有していた。


しかし、こうしてずっと一方的に圧を掛けられては無事でも動くことができない。


リジョレは徐々に体勢を変えて楽に逃れる位置を探していた。


『アァアアアッ!!!』


チヴァヘナが腕を振る。

見えないが、驚異が振ってくると感じたユイは横に跳んだ。

一瞬遅れてユイが先程まで居たところには巨大なクレーターが出来上がった。


ユイは元々魔力を視る能力は低い。

魔力の煌めきは勿論、空中に浮かんだ魔方陣でさえもうっすらと空中の風景が歪んで立体になった異物がそこにあるとしか認識できない。

勿論自分の魔力はなんとなくわかるものの、こうして目に見えない魔法なんかだと殆どが勘が頼りだ。


(動きはそこまでではない…)


転がりつつ水の刃を飛ばすと、チヴァヘナに当たる直前で何かにぶつかって破壊された。


一瞬ぶつかったとこと水飛沫とで、障害になったものの姿が顕になる。タゴスとの戦闘で散々妨害をしてくれた魔法陣だ。


その魔法陣は使いきりなのかユイの魔法と相殺したが、厄介極まりない。


「!」


突然チヴァヘナがこちらを見詰め、瞳の色が変わる。

攻撃かと身構えたが何もない。

やはり、先ほどアマツの中から幽霊のように出てきたあの遊郭にでもいそうな女の言っていた事が本当なのだと確信した。


舌打ちが漏れるチヴァヘナ。そのすぐ後ろから気配なくグロレがチヴァヘナに襲い掛かった。手に持つ短剣の刃がもう少しで届くというときにチヴァヘナがすんでで気付き、グロレに向かって腕を薙いだ。


「お!?」


グロレの体は強風に煽られた小鳥のように容易にぶっ飛ぶ。だが、壁に叩きつけられる前に、近くの障害物を蹴って横へと回避した。あの攻撃は腕や手の動きに関連があるらしい。そしてほぼ直線的で、範囲は溜めの時間に左右される。


少し危ないが、接近戦の方が良いのかもしれない。


ドゴンと背後で音がした。確認はしてないが、ようやくリジョレが脱出に成功したらしい。


チヴァヘナがじりじりと立ち位置を変えつつ、ユイの隙を伺っていると、突然チヴァヘナのすぐそばに金の杭付きの鎖が現れチヴァヘナに巻き付く。だが、完全に巻き付く前にチヴァヘナは魔法を鎖へと向けて弾き飛ばした。その瞬間、チヴァヘナの脚を何かが貫通して血が飛び散った。


アーリャの手には掌に収まるほどの小銃が握られている。


予想外の攻撃によろめくチヴァヘナへとユイは即接近し、魔力を刀へと注ぎ込んだ。


『このっ!死に損ないが!!』


チヴァヘナが怒声と共にアーリャに向かって攻撃を放った。

回避しようとしたが、アーリャは上手く動けないようで避けきれず、攻撃を受けて床へと叩き付けられた。


チヴァヘナはユイに気が付いていない。


地面すれすれを刃先が這い、水を纏う。


「竹林の乱!!」


『!?』


チヴァヘナの周りに急成長する竹のごとき水の柱が幾つも立った。下からの鋭い斬り上げにチヴァヘナの胸元の服が少し切断された。

チヴァヘナが顔色悪く、ひゅっと行きを吸い込んだ音を立てる。


「ちっ」


だが、傷が浅い。

水柱も傷を付けたが、どれも重傷には至らない。


『忌々しいっ!!私のモノにならない男なんてゴミ以下なのよ!!』


「!」


手が勢いよく振り下ろされる。しまった。懐に入り込みすぎた。

凄まじい圧が降ってくる。だが、ユイにぶつかる前に先ほどの鎖が間に割り込んだ。鎖に圧がぶつかり激しくたゆんで斜めへと衝撃が逃げた。すぐそばの床に穴が開く。


『あ"っ!』


チヴァヘナが声を上げる。

距離を開けつつ見れば、チヴァヘナの首もとにグロレが短剣を突き立てていた。


吹き出す血。グロレを捕らえようとチヴァヘナが手を向けるが、グロレはひょいとその場から逃れる。次の瞬間。


『あぐっ!?』


横からリジョレが助走をつけた体当たりを受けてチヴァヘナが地面へと転がされた。だが、すぐさま起き上がると怒りを目に宿し、鬼のような形相で吼えた。


『この犬っころが!!!!!』


リジョレに向けて攻撃を放つが、チヴァヘナの攻撃はリジョレの毛の表面を滑り後方へと流れる。

驚くチヴァヘナだが、突然大きく息を吐くと、怒気を納めた。


『ギャン!?』


リジョレの体が横に飛ばされた。


魔法陣がチヴァヘナの腕の動きに合わせてリジョレにぶつかってきたのだ。

そして、同時に襲い掛かっていたグロレも振り返り様に飛ばされる。


なんだ?なにがあった?


『…ふぅーー。全く、調子にのりやがって。やーっと戦いかたを思い出したわ』


チヴァヘナの体に魔力が巻き付いていく。


『本気でぶっ潰してやるから』

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