第641話 幻影.3
『はっ!?』
目の前のジョウジョに全神経を集中させていたチヴァヘナは、姿と気配を消して接近してきたアーリャに気付くことができなかった。
完全に油断していたところに、アーリャの全力タックルを受けて、チヴァヘナは普通の女性のように驚いた声を上げて、大きく体勢を崩した。
バシバシと二人の間に魔力が弾ける音が響く。
倒れながらも反撃に出たチヴァヘナの攻撃を、アーリャがことごとく無効化していたのだ。なんという早業。魔方陣さえも見えない。
そして見事チヴァヘナを床へと転がすことに成功したアーリャは、こちらを見ることなく叫んだ。
「早く行きなさい!!!」
アーリャに叱咤され、すぐさま走った。
それにユイと、リジョレも双子とグロレを乗せて続く。
おかしなことにアーリャの体の傷が全て無くなっていた。血の跡はあるものの、傷があったことすら分からないほどに消えていたのだ。
そこで、アレックスの様子を思いだし、納得した。
そうだ。今アーリャの手の中には双子の共鳴があるんだ。
あれがあれば、中の人形が跡形も無くなるまでダメージを引き受けてくれる。
それに、先ほどのアーリャの魔法相殺の技。
オレの時には見せなかったものだ。
それに透明化する魔法もある。アーリャを少し過小評価していたみたいだ。
『逃がすわけないでしょう!!』
チヴァヘナの瞳から魔力の糸が放たれたが、それらはオレ達に到達する前に散った。
『なんで!?』
困惑しているチヴァヘナをジョウジョが嘲笑う。
『悪いけど、ソレは封じさせて貰ったわよ。“私が貴女を見ている限り魅力洗脳は使えない”。サキュバスの癖に無様ねぇ』
『くぅっ…』
悔しげに舌打ちをするチヴァヘナだが、諦めずに拘束しようとしてくるアーリャを蹴り飛ばすと、ライハとユイに向かって手を翳した。
『閉じろ!!』
ズズンと地面が揺れ動く。
「!」
盛り上がる床に足を取られそうになりながら、突然廊下が上下にずれた。
咄嗟に氷を飛ばしてつっかえにしたが、ミシミシと音を立てて氷が軋む。長くは持たない!
「リジョレ!」
上の方へとずれていく廊下に向かって飛び込んだとき、後ろからユイの声が。なんだ!?何があった!?
「ユイさん!?どうしまし──」
振り返り様声をかけた瞬間、隙間から双子が投げ込まれてキャッチした。
二人はまだ目を回しており、頭を押さえている。
氷が砕けて隙間が更に狭まった。慌てて追加の氷を挟んだが、大の大人が通れるかも分からないほどになってしまっている。
(できるか!?)
せめてもう少し隙間をひろげられないかと、床に向かって剣を振ったのだが、床に結界でも張られているのか呆気なく弾かれてしまった。
「ユイさん!!」
「アマツくん!先にいっててくれ!!ちょっとこっちを何とかしてから追い掛ける!!」
隙間から様子をうかがうと、リジョレが床から競り出した異物に挟まれてしまっていた。何かの魔法が反応してリジョレ自体にダメージは無さそうだが、少しでも動けば均衡が崩れかねない状況だ。
その向こう側で、転がされたアーリャと、ユイに向かってくるチヴァヘナの姿が。
ミシミシと再び氷が悲鳴を上げる。
せめてと、知っている中で強度もあって、最適なつっかえとなってくれる魔方陣を発動した。
後で追いかけてきてくれているだろう仲間が何とかしてくれるだろうと信じる。
「気を付けて!!」
「そっちもな!!」
チヴァヘナに向かって刀を抜き放ったユイを確認してから、オレは二人を担ぎ上げると、先に進んだ。
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