第636話 赤い薔薇の花束を君に.7

シンゴはみるみるうちに悪魔の力に侵食されていった。

ライハも悪魔の力と混ざっていたけど、あれとはまた違うものだった。


ライハのは、なんだろうか?溶け込むように自然に混ざっていたのに対し、シンゴのは悪魔の力に負けて精神まで支配されていた。


結果、ただでさえ不安定だったシンゴの精神が更に不安定になり、上手くいかないことや気に入らないことがあればコノンに八つ当たりをしていた。


その後は少し優しくするのたが、その豹変ぶりにコノンは怯えていた。どう反応すれば良いのか分からないと言った感じに。

だけど、シンゴは知らないのだろう。

コノンも洗脳による魔力の乱れと、定期的に摂取させられる悪い魔力が体を蝕んでいた。


元々痛みを耐えることには強いコノンは顔に出さない。

だからシンゴは気が付かなかった。


コノンだって、体の激痛にいつも苦しんでいた。

それでもコノンは常に笑顔を張り付けて    壊れていった。




その頃になると、ノノハラの目には二つの景色が同時に見えていた。


左目には何一つ変わらない、召し使いや軍人が慌ただしく働いている城の中の風景。右目には魔族が我が物顔で歩き、魔物に変えられてしまった少数の召し使いや軍人がふらふらと動いている風景。


ノノハラは悟った。

きっと、右目が現実で、左目に見えているのがコノンに見えている風景なのだろう。


どこか夢の中のような、視界の端がボヤけている。


「おい!コノン! さっさとクエストいくぞ!」


「…うん!」


シンゴに連れられて王の元へ向かえば、見知った王から見知らぬ男へと刷り変わっていた。

だが、コノン達には相変わらず元の王の姿が見えていて、だが、顔がその男に近いものに変わっていた。


命令を下され、それにしたがって討伐へと向かう。


内容は魔物の討伐だったが、現実は全く違うものだった。

人間の討伐だった。


民間人を襲い、応戦してくる軍人達を次々に薙ぎ倒していった。

いや、もはやこれは蹂躙していたと言っても過言ではない。


遥か上空から人間達を見下ろし、己の魔法で作った土の巨人の体躯で磨り潰した。


コノンは最早、自分の体が人として異常ということが分からなくなっていた。

痛みは既に麻痺して感じなくなり、その代わり溢れ出る力と負の感情に呑まれて腕を振るった。


ノノハラはこの戦いを知っている。


といっても話で聞いただけだが、大陸中部で防衛軍や連合軍に大打撃を与えた戦いのひとつであった。


「…」


コノンが何かを呟いている。


「…世界は魔族に支配された。残されたのはこのホールデンだけ。守らなきゃ。戦わなきゃ…。裏切り者は皆殺さなきゃ。もうなにもできずに死ぬのはいや」


ああ、なるほどとノノハラは思った。


心優しいコノンが何故人間を虐殺できたのか理解した。


コノンはただ、守りたかっただけだったのだ。



(なのに、現実は残酷すぎる)














そして、ホールデンの戦いにてライハ達と戦った。



裏切り者が二人、魔物を率いて残された希望を潰しに来たと思ったコノンは懸命に戦った。

恨みに呑まれても、それで強くなるならと自分の残された心に自分で止めを指して──


コノンはその力に耐えられずに崩壊したのだ。






『あらあら、しょうがない子ね。力を得ても心が死んだら意味がないじゃない。勿体無い。全力は出せないかもしれないけど、せっかくだからその体を貰うわ』







  

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