第635話 赤い薔薇の花束を君に.6

その女は、半分透けていた。


しかし、幽霊とは違う。かといってノノハラと同じような存在でもない。

何故なら、その女からは大量の魔力を感じたから。


「…悪魔だ…」


そうノノハラが気付いたのは、女の髪の間から黒い角が覗いていたから。


前へと回れば、瞳は赤い。間違いなく悪魔だ。

けれど、その悪魔もノノハラの姿は見えていない。


悪魔はコノンの背中にもたれ掛かると、首に腕を回した。


重さは感じていないらしい。

コノンは動じてないどころか、椅子も、服さえ何の変化もない。強いて言えば、透けている悪魔の腕が少し沈み込んでいるくらいか。





『もう気付いているでしょう?』




悪魔の声が甘く囁く。


『消えた人たちは、みーんな貴女を贄にして置いて逃げちゃったの。裏切られたのよ、かわいそうに』


「ちがう!!ちがう!!そんな事思っていない!!」


耳を塞いで首を振るコノンが叫んだ。


重さを感じてないのに“声”だけが聞こえている。

しかもそれを、“自分の考えている声だと認識”していた。


『嘘よ。でなければ、貴女を迎えにくるはずでしょう?』


歯を食い縛った。

悪魔の声には魔力を帯びており、それは耳を塞いでも意味がなく、コノンに全て聞こえている。


前、フリーダンとナナハチから魅了支配の話を聞いたことがある。

別名は洗脳支配。


己の体の容姿や瞳、髪、声等に魔力を集め、相手の心の隙に入り込んで支配してしまう恐ろしい能力。

心の隙は主に欲情だが、罪悪感や、弱っている心に付け入る場合がある。


悪魔の言葉を自分が思っていると錯覚させ、中毒を引き起こさせ、依存させるのだ。


そんなものは気の持ちようでどうにでもなると馬鹿にしたものだが、フリーダンに「なら、試してみる?」と掛けてもらったら、抵抗することも儘ならなかった。

私の場合は主に劣等感だったが、人間は弱いところは必ずある。

抵抗するのは容易ではない。



話に聞いたコノンの様子を察するに、この悪魔が主な原因に違いない。


今夜はここまでというように薄く笑い、消えるまで睨み付けていたが、コノンを守ることは出来なかった。



忌々しいことに、あの悪魔は毎夜来ている。



コノンが泣いているとき、または寝ているときも悪夢を見させて洗脳している。

悪夢が現れない日は、報告係りという魔術師が来て、いかにホールデンの外が大変なことになっているのかを語っていた。

声には魔力。


その魔術師をノノハラは見たことがあった。


といっても二、三度程だが。なるほど、私も危なかったわけか。


ナナハチも同じ隊だから抵抗の仕方を聞いたことがあるが、一番は人の話をちゃんと聞かない事だそうだ。

それでなんでシンゴがやられているのかさっぱりわからないが、コノンは真面目に聞いてしまっていた。


月日が経つ毎にコノンの魔力がおかしくなっていっていた。


毎晩悪夢にうなされて、洗脳を施されているのだ。

耐えられるはずもない。


「…きっと、私も同じような事をされたら正気を保っていられないだろう」


もっとも、心を閉ざさずに、全てを滅ぼそうとする方へと暴走するだろうが。








そこからは、ただの地獄だった。

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