第634話 赤い薔薇の花束を君に.5

通らないと分かっていても、手を出さずにはいられない。

だが、振り下ろした剣先には何の感触もなく、蛇の牙はしっかりと箱を加え、一気に持ち上げる。


「きゃあーーーーーーーーーーぁ!!!!!」


「コノン!!」


箱を固定していた蔦はあっさり引きちぎられ、高く持ち上げられた。次の瞬間。


「!!!」


祭壇の石へと叩き付けた。


グニョンと石が箱の形に合わせて粘土のように伸びて窪む。

箱に凹んだところや壊れたところはない。だけど、コノンがパニックを起こして泣き叫んでいた。


「いやぁあああああ!!!!おかーーーさーーん!!!死にたくない!!!死にたくない!!!ごめんなさい!!!!きゃああああああーーーーっっ!!!!」


その叩きつけが更に三度続けられ、もう一度高く持ち上げると箱を押し潰すように口を閉じ始めた。

メキメキと音を立てて箱が潰れていく。


「コノン!!!やめて!!! コノーーーン!!!」


もうすぐ潰れるという時、突然魔力が感じられ、箱を中心に魔法陣が展開した。


「!」


ゴシャッ。


呆気ない音を立てて箱は潰れ、赤い実の欠片と、コノンの来ていた青白い上着が蛇の口から垂れ、呑み込まれていった。


赤い液体は出なかった。





















気が付けば、ノノハラはまた違う場所に立っていた。



「…ホールデン、か?」


見覚えのある廊下だった。

だけど、様子は所々おかしい。


「透けたままか…」


中庭に手を翳すと、うっすらと向こう側が見える。

無い筈の赤い色に気が付いて手を退けると、中庭の木の一つが真っ赤になっていた。紅葉というんだったか。


「とするなら、秋のホールデン」


ノノハラはこの景色を知らない。何故なら、秋になる前にノノハラは迷宮に潜ってしまっていたから。


ノノハラを通り抜けて、コノンが歩いていく。


人が自分の中を通り抜けるのは相変わらず慣れないが、コノンだと分かればどうでもよい事だった。


コノンは髪が少し伸びていた。

服も見たことがないもので、ノノハラは、自分達が居なくなった後のコノンなんだと知った。


シンゴも大分成長した。背もだけど、腕の方から体の中に伸びている気味の悪い魔力に鳥肌が立った。





コノンは、自分達が居なくなったあと、すごく努力をしていた。


図書室に通い詰めて魔法を勉強し、王から命ぜられた任務をシンゴと黙々とこなしていた。

その顔には常に笑顔を張り付けて。



そんなコノンは、部屋に戻れば涙を流していた。

机に突っ伏し、声を殺して泣いている。


その背中を見て、ノノハラは胸が酷く痛んだ。

私が戻れなくなったばかりに、コノンに悲しい思いをさせてしまった。ごめんなさいと呟くも、この言葉さえもコノンには届かない。


「どうして、どうして、皆いなくなってしまうの…」


「!」


コツンと、ヒールの鳴る音がした。


いつの間にかコノンの背後に女が立っている。

気配もなにもなく、ドアも鍵を閉めたのをノノハラはしっかり見ていた。


一体何処から入ったのか。


女がニヤリと笑うと、コノンの背中を優しく撫で、覆い被さった。

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