第493話 隠密.1



叩き付けた拳。

割れる石壁に舌打ちをした。


ムカつく。ムカつく。ムカつく。


「ああー、くそ。なんで、足りない……」


頭のなかを掻き回されているように、イライラとする感覚に、頭を掻くが治まらない。それどころか酷くなる一方で、目に入る全てのものが忌々しい。


部屋は散乱し、御付きの者に少し強くあたったら、一撃で死んでしまった。


つまらない。


足りないのは何か、分かってる。力が足りないんだ。

コノンも姿を現さなくなってしまった。分かってる、僕の姿が恐いんだろう?

移植された腕が馴染み、力が沸いてきたと思ったら制御ができなくなってしまった。


ふざけんなよ、使役される力なら、黙って従えよ!!!


いくら体の内に命令しても、逆らってくる。むしろ飲み込もうとしてくる。

主人公の意思にそぐわない力なんかクソだ。クソゲーだ。


普通、物語は主人公に都合の良いように進むものだろうが!!!


──コンコン


「!」


扉がノックされる。

視線を向けると、ゆっくりとドアが開かれた。


「お加減はいかがですか?」


さらりとした金色の髪の毛がフードの中から見えた。顔の半分を隠した仮面が、わずかに見える。


「…………ウロ」


「ああ、先日よりも近くなっていますね。良いことです」


怠慢な動き。

初めの頃からこいつは変わらない。祈祷の時以外は常に空気のように振る舞っている。


気に食わない。


“ウデ”を思い切り奮う。ウロのすぐとなりの壁に黒い物が突き刺さる。フードの裾が少し切れてずれるが、ウロは全く気にしない。


「僕はいつまでこの城に閉じ込められているんだ!!!お前言ったよなあ!!? 僕の力は素晴らしい!!閉じ込められているのが勿体無いって!!! 嘘だったのか!!?」


全身を震わせ、ウロの体を掠めるように攻撃をしたが、それでもウロは動じない。


風圧でウロのフードが後ろへとずれ、露出しない場所が露になった。


髪に混ざって生えた様々な色の羽根が、風によって舞った。

装飾でない。その羽根は直に頭から生えていた。


「いいえ、シンゴ様。物事には丁度良い時というものがございます。外はこの前のサラドラとフォルテの攻撃によって敵は沈黙しており、お互い次の時に備えている状態です。シンゴ様にはその時までにその力を制御して頂きたいのです」


「……、そういうこと言って。コノンは連れていったじゃないか」


「コノン様にはこの辺り一帯の守護に回ってもらっています。何せ、こそこそと動き回っているネズミがいますからね」


ウロが手に持っていた剣を近くの机へと置いた。


「とは言いましても、馴染むまでやはり時間が掛かるもの。せっかくなんで、地下に使えない敵を捕らえてあるので、気張らししてきては?」


「ふん。せっかく用意してくれたんだ。行ってやるよ」



















ウロの置いていった剣を手に取る。

この前ライハとやりあったときに凄い刃零れをしてしまっていたから直してもらっていた。


どんな敵を切っても刃零れなんてしたことなかったのに。


「まあ、いっか」


次あったら、剣ごと真っ二つにすればいい。


地下に向かうと、捕らえられたたくさんの敵が一斉にこちらを見た。


この世界を食い尽くそうとしていた敵だ。ホールデンの敵だ。無神者だ。助けに来た彼らを殺そうとしていた敵だ。


喧しく鳴きながら逃げる敵もいたし、生意気に事前に配られた武器を手にむかってくるものもいた。

ここはいわゆる経験値を稼ぐ部屋だ。

たくさんいる敵の中でも手頃な奴を捕まえて閉じ込め、たまに仲間が此処に来て戦って倒して経験値を手に入れている。


中に間違えて捕まった戦わない敵もいたが、それらは素早いから、それはそれで殺れたときの達成感がある。


一振り、二振り、三振り。


もうあと半分だ。


残りは魔法で片付けよう。

そう思い、魔力を集中させたとき。


「勇者!!此処にいるの?」


突然扉を開けられ、女が中に入ってきた。

オレンジがかった金髪を真ん中分けしている美しい女性だ。普段は優しく声を掛けてやったり可愛がったりしているが、今回は邪魔をされ苛立った。


「何の用だ、チヴァヘナ」


なので睨み付け、怒りを含ませた声で言ったのだが、チヴァヘナは効いていないのか、気付いていないのか、焦りを含ませたまま話続ける。


「信じられない事だけど、贄が逃げたわ!!捕まえるの手伝ってちょうだい!!」


「贄?」


「桃色の髪の敵よ!!結界がある限り城から出られないとは思うけど、大事な贄なの!傷付けないで捕らえてね!!」


それだけ言うとチヴァヘナは飛んでいった。

舌打ちが漏れる。


剣を鞘に納め、生き延びた敵に視線をやった。


「命拾いしたな」


お預けを食らった気分で扉を力一杯閉めた。

あー、イライラする。


近くの壁を思い切り殴る。

盛大にヒビが入り、穴が開いた。


「…ちょっとスッキリした」


穴は誰かが塞いでくれるだろう。


「さて、贄か」


前に贄がどーこーと話を聞いた気がしたが、何だったか。

いいや、要は捕まえれば良いんだろう。


「……手足の一本二本位ならいいかな」


命さえ無事なら治せる。僕は勇者だ。文句は無いだろう。


「さーてと、行くか」

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