第494話 隠密.2

「…………?」


唐突に意識が浮上した。

ボヤける視界にピントを合わせようとしていると、四肢に鋭い痛みが走った。


「………ぅ……いて……」


「…しー……、そのまま、ゆっくりと呼吸して…」




ジワジワと血が巡るのを感じ、ピントが徐々に合ってくる。

すると、目の前に女性が居ることが分かった。ああ、あの世に連れていってくれる天の使いか。


「余計なことを考えずにさっさと呼吸しなさい。また頭を変な色にされたいのですか?」


だが、視界に映る紫色の髪に真っ赤な唇から漏れる毒々しい物言いから、目の前にいるのが誰なのかすぐに理解した。


「…………アーリャさん?」


いやいや、まさか。

そんな思いでその名前を口にすれば、目の前の人物はフフンと楽しげに笑う。


「忘れられているかと思ってましたよ。さすが女性の名前だけはしっかり覚えているんですね」


血の気が引く。

アーリャ。マテラで捕まり、危うく臓器を抜かれるすんでで買い取ってくれた主。散々魔法の実験台にされ、何の理由か知らないが、突然「さあ、いってきてくださいね(ハート)」と売り飛ばした頭のおかしい主。


その主が、何故目の前にいるのか!!!?


「大分意識がしっかりしてきましたね。実験は成功、と。」


「実験?」


「こっちの話しです。気にしなくて良いですよー」


手に持つメモ帳に何かを書き込み、こちらを向いた。


「体はどうですか?一回死んだんですよ、貴方」


「……え」


その瞬間、脳内に今までの記憶が甦った。

突如現れたグリフォンに殴り飛ばされたライハ、もう一体悪魔が割って入り分断され、此方側で繰り広げられる悪夢。仲間達の体が引き裂かれ、宙を舞い、断末魔が頭にこびりついている。


死ねないと必死で抵抗した。だが、敵わず。


そして──


「!!!」


腹を押さえる。

俺は確かに、殺されたはず。


なのに、腹には穴が開いた様子がない。

痣はあるが、既に綴じた後だった。


心臓が早鐘を打っている。


「詳細、聞きたいですか?」


ニヒ、と笑うアーリャに鳥肌がたったが、頷いた。

手に持っているのはお腹から真っ二つになった人形。頭はピンク色に塗られ、胸には売られる前に取られた俺の血の染み。

見覚えのあるソレに、俺はゆっくりとアーリャを見た。


「煌和の禁忌、コトリ人形、本来なら死んだ肉体から抜け出した魂を捕まえて封じるものだけど、 わざわざ 体を繋ぎ合わせて魂を移してあげたんですよ。感謝してください」


「…ありがとうございます」


「素直でよろしい。何も傷を引き取ってくれるのは神具だけじゃないんですよ。模造品は幾らでもあるんです。勿論これは完全ではないので、対価は残りの寿命半分って所ですが、今すぐ死ぬよりはマシって感じですよね?ね? 可愛らしい可哀想な子ウサギちゃん」


「ははは、そりゃどーも。いつも言ってますけど俺はラヴィーノですから」


でも、確かに贅沢は言っていられない。

今確かに生きている。これが重要なのだ。


身を起こし、気が付いた。


この部屋の異様さに。


壁一面に十字架が立て掛けられており、そこには顔の整った青年や少年、男性達がまるで昆虫の標本のように張り付けられていたのだ。


そのどれもが生気がなく、目は虚ろで、何も映してはいない。


死体だった。


なのに腐っている様子もない。何かの加工でもされているのか?


「悪趣味な部屋ですね。貴女こんな趣味あったんですか?」


「バカ言わないで欲しいですね。ちなみに貴方も“彼女”のコレクションの一つだったんですよ。ほら」


アーリャの指差す方向を見て理解した。

俺の横たわっているのは同じ十字架で、手や足に、張り付けられていたのだろう痕があった。傍らにはベルトとピンの形の杭。


「サキュバスに好かれるなんて、良かったですね。美人認定されたんですよ」


「……あいにく俺は清楚な娘が好みです」


「贅沢ですね。さてと、仕事をしますか」


「仕事?スパイの?」


「私の仕事がスパイだけだと思わないで欲しいですね」


長い髪を手で撫でると、みるみる内に紫色の髪が桃色に変化していく。顔を撫でると馴染みのある顔に、体を撫でると男型に。気が付くと目の前に俺の姿が出来上がっていた。

アーリャの得意技。光彩魔法、模造姿コピーヤー。姿だけではなく、魔力や気配までコピーするのだ。







「私、これでも本当の天の“遣い”の一人、通称ツーなんですよ」





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