第488話 裏の者.11
何も見えない。ざわざわと体中を虫が這い回るような感覚のあと、急に視界が明るくなった。
耳が痛い。
吸う空気が冷たい。
「……はぁ……」
視界が鮮明になって、ようやく気が付いた。
目の前にチラチラ写り込む白いものが、雪であると。
雪?
「あ?」
なんで雪!?
どんよりと立ち込める雪雲から視線を戻し前を向く。なんで季節が冬に戻っているんだ!?
「…………え」
目を擦った。
目の前にある光景が信じられなかった。
鉄の柵に囲まれた広場。申し訳程度に生えている木。
鉄とプラスチックで組み立てられた物に、火でも光彩魔法でも無い力で輝く光。
そのどれもに薄く雪が積もっていて、オレ自身が吐き出す息も瞬く間に凍って白く色を変えた。
「なんで……オレ」
手を見る。握られた紙袋に、暖かいダウンジャケット。
視線を滑らせ、耳を済ませると聞こえてくる足音。
「天津くん、もう来てたの?」
懐かしい声。
振り替えると、彼女がいた。肩までの黒髪、マフラーが風で靡いてる。
「■■■?」
あれ?名前を呼んだはずなのに。
彼女がこちらを見て、ふふっと笑った。背伸びをして手を伸ばしてくる。
そして、オレの頭を軽く撫でた。
「いつからいたの?頭、雪積もってる」
ふわりと香る彼女の匂いに、懐かしさが汲み上げてきた。だけど。
「ごめん……、■■■」
彼女の肩を軽く押して体を引き離した。
「天津くん。どうしたの?」
驚く彼女に心を痛めるが、堪えた。
これは、現実じゃない。
あり得ない。だって、オレはあちらで、仲間と戦っていた筈なんだ。
「……具合悪い?鎮痛剤なら、持ってるけど」
本気で心配してくれている。
くらりと目眩がした。
「大丈夫……、これ、プレゼント。ごめん、やっぱり具合良くないみたい」
申し訳なく思いながら、手に持つプレゼントを手渡し、謝った。彼女は残念そうな顔をしつつも。
「早く体調良くしてね、私のことは気にしなくていいから。風邪とか、インフルエンザだったら大変だし。あ!駅まで送るね」
彼女の手がオレの手を掴んだ。
振り払うことは出来なかった。
きらびやかな駅前を手を繋いで歩いていた。
彼女は優しかった。
こんな、よりにもよってクリスマスに体調を崩したオレを怒ることなく労ってくれた。
楽しみにしていただろうに。
「じゃあ、また明日」
「また明日」
手を振って、彼女は何度もこちらを振り返りながら人混みの中に消えていく。
頭が痛い。
駅のトイレに駆け込み、洗面台に手をついた。
なんだこれは。こんな、リアルな幻術なんてあるのか?
手が震える。
後ろでおっさんが怪訝な顔をして通り過ぎていった。
それを横目に、顔を上げた。嫌な予感がした。
「…………うそだろ」
鏡の中のオレを見て愕然とした。鏡の中に映るオレの耳には、
呪いのピアスが無かった。
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