第477話 絶望の淵で.7
「失礼いたします」
扉を開け、中に入るとエドワードが少し
「ああ、待ってたよ。ライハ君」
エドワードはこちらを向いて挨拶をするや、少し驚いた表情を見せた。
「何か、あったのかな? 顔が明るくなっている」
そんなにも分かるものなのか。
「……ええ。いつまでも下を向いてないで、前を向いてしっかり歩けと怒られました」
苦笑しながら言えば、エドワードが安堵したように笑んだ。
「良かった、心配していたんだ。ずっと挙動がおかしかったから」
「そんなにおかしかったですか?」
「表情が全くないし、ちょっと怖かった」
「すみません……」
自分では割りと普通にしてたはずなんだけど、やっぱり無理だったか。
……。さて、本題か。
「エドワードさん。本題を、お願いします」
「ああ」
すっ、と、エドワードの瞳が細められた。
空気が固く、緊張感が増す。だけど、一瞬迷いがあるように思えたが、オレも真っ直ぐに見返すことで決心がついたのか、口を開いた。
「君を半年に渡る活動停止の罰を処す。大事な戦力をこんなところで失いたくなかったが、やはり、こうでもしないと納得してくれない奴等が居てね…。辞めさせろ、責任を取って処刑にしろという声が大きくて、でもアレは君のせいではないとこちらも頑張ったのだが…。すまない」
「わかっています。あれは、あの場にいなければ分からないものですから」
不可抗力だったとはいえ、結局は結果が全てなのだ。特に、戦場では常にそうだった。
東の方でも夥しい量の人間が死んでいるが、こちらでは、たった一回で、そして運良くオレだけが生き残ってしまったのだ。
悪魔に向かう憎悪がこちらに来てもなんら変ではない。圧倒的な強さの悪魔に向けられない怒りが、全てこちらに来ただけだ。曰く、何故お前だけが生きているのだ、と。
部下を盾にしたのではないのかという噂も知っている。
違うと声を上げても、極限状態の人間というものは、嘘か真か以前に信じたいものを信じるのだ。
オレの処分がこれだけで済んでいると言うことは、それだけエドワードが、軍上層部が頑張ってくれた証拠なのだ。
ありがたいと、感謝している。
「…要は、君は良く頑張った。だから半年ゆっくり体と心を癒してほしいという意味で捉えてくれたら嬉しい。心の傷ほど厄介なものはないから」
「ありがとうございます」
けれど、ここまでしてくれる人達に、オレは裏切りともいえる事をこれからするのだ。
「けれど、それは受け取れません」
どういうことだとエドワードがこちらを見る。
「オレは悪魔を許せません。半年もじっとしていたら、それこそ狂ってしまいます」
なので、と、オレは懐から除隊届けを取り出し提出した。
机の上に出された除隊届けを手に取り、エドワードが訊ねる。
「本気かい?」
「本気です」
しばらく無言でこちらを見詰めていたが、もう一度除隊届けに視線を落として、分かったと頷いた。
「とても残念だけど、君が狂ってしまったら元も子も無いからね。これは預かっておく。もし、もしまた君が戻ってきたくなったら、いつでも訪ねて来るといい。皆理解しているから」
「すみません」
「そこは、ありがとうございます、だろ?」
にやっと笑い、除隊届けをヒラヒラと振っている。
それを見て、オレも笑い、ありがとうございますと頭を下げた。
「本当にいいの?せっかく伸びたのに」
キリコがオレの伸びた髪を手に取り言う。
右手にはハサミを持ち、時折シャキシャキと音をたてて開閉をしていた。
「はい。これがオレなりのケジメですから」
「そう? じゃあ…」
耳元でシャキシャキと音が鳴る。パラリと髪が落ちる度に、いろんな事を思い出す。だけど、その一つ一つを思い出す度に、覚悟が決まっていく様な気がした。
「はい、出来たわ」
すっかりなくなった襟足を撫で、確かめる。
覚悟が決まった。
「ありがとうございます。キリコさん」
「良いのよ。なんか楽しかったし」
まだハサミで遊ぶキリコを他所に、壁にネコを抱いて持たれていたアウソが言う。
「初めて会った時みたいさ。懐かしいな」
「召喚されたての時はもっと短かったんだけどね」
これくらいがちょうどいい。
『ネコもしてほしいな』
「お前の何処切んだよ」
髭しか無いぞ。
がちゃりと扉が開き、カリアがやって来た。
手には纏められた荷物。
「準備できた?そろそろ出発よ」
各々返事をして、やり残したものを片付けた。
お世話になった人に挨拶も済ませた。
何もなくなった部屋を最後に見渡し、背を向ける。
もう立ち止まらない。やるべき事をやるために、進み続けないと。
「さあ、行くか」
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