第467話 虚空を見る.17
死ねない!!!
迫る爪を回避し、結界を展開する。
剣は既に折れ、結界は攻撃力を削るだけのクッションでしかない。
ノーモーションで仕掛けられる猛攻をまだ受け流せているのは、意地だ。
ここで死ねない。
その思いだけでまだ生き長らえていると言っても良いだろう。
みんな殺されてしまった。
苦楽を共にした仲間が人の形を失うその瞬間をまるで悪夢のようだと思いながら、いいやこれは現実なのだと逃避しそうになる意識を無理やり繋ぎ止める。
何処かでこうなるだろうと予期していたのだろう。
仲の良くなった人が戦場で散っていくのを何度も見ているうちに、こういうものだと納得していた。
だからこそ、いずれは俺も、と。
こんな命のやり取りをする中で、自分だけが何事もなく生き残るとは思ってはいない。それでも今ここで死ぬわけにはいかないと強く思うのは、俺の弱さもあるけれど、ライハの為でもあった。
あいつ、恐ろしく強いが心が弱いからな。
臆病って訳じゃない。
仲間に何かあったとき、それは自分の過失だと自らを責める癖がある。
それも必要以上に何度も何度も繰り返し、あの時こうすればよかったと隠れて落ち込んでいるのを知ってる。
隠しているつもりだが、ライハは嘘つくの下手すぎるから、バレバレなんだよ。
「くっ!」
凶器が足を抉る。
だから、俺まで居なくなったら自分を責め抜いて壊れてしまうかもしれない。
それだけは何としてでも回避しなければ。
『おお、粘るな。だけど、そろそろ良いわ、お前』
目の前に爪が迫っていた。
今までよりも速い。避けきれない。
「…ふ」
口許に笑みを浮かべると同時に、首が飛んだ。
飛んだ首が揺らぎ、消える。
『あ?』
フォルテが消えた首に間抜けな声をあげた瞬間、その背後で空間が揺らぎ、ラビが現れた。
新技・ミラーだ。
一度しか使えないが、それでも隙を作るには十分な技だ。
「ーーーっ!!」
死んだ仲間の魔剣をフォルテへと全力で投げ付ける。頼む。避けてくれるな。
『あー、こいつは一本取られたな』
パシンと、魔剣を呆気なく受け止められた。
いつの間にか人型になっていたフォルテがゆっくりと振り向いた。
右手にしっかりと握り込んだ魔剣の刃は食い込む事も無いのか、ニヤリと笑いながらラビへと投げ返した。
『そんじゃ、返すわ』
魔剣は回転しながらラビへと飛んでいく。避けなければと思うのだが、先程抉られた足の力が十分に入らずに間に合いそうもない。
結界を張るだけの魔力も、ミラーに使いもう残っていない。
魔方陣札を取り出す時間もない。
腕を犠牲にすれば致命傷は避けられるか?
そう思った瞬間、なにかが剣とラビの間に割り込んだ。
灰色の巨体。それに魔剣が突き刺さり、貫いた。
「ハイバ!?」
ライハの駿馬だった。灰馬はライハに加えられた最初の攻撃で怪我をしていたが、何とか意識を取り戻しラビの盾となった。
灰馬が嘶く。
そして、そのまま魔剣を突き刺したままサラドラへと突進していった。
サラドラの炎が弱まった。
視界一面燃え盛る炎で、目を開けることも、呼吸すらままならない空間に灰馬が飛び込んできた。その瞬間、サラドラの炎が勢いを緩めた。
『え?え?なんで!?』
突然の事にサラドラが混乱の声をあげた。
灰馬がサラドラの胴に噛み付こうとした。サラドラに実態は無いが、何故かサラドラは慌てて灰馬の攻撃を避けた。
灰馬の牙は空を切ってしまったが、その瞬間、オレと視線が合った。
何と無くだが、はやく行けと言われたような気がした。
全身に痛みが走る中、脚を叱咤し炎の壁を抜けた。はやく、ラビを助けなければと。
『させないってえええ!!!』
灰馬の開けた穴に炎が集中して塞ごうとしている、更にサラドラが灰色を凪ぎ払って道を塞いだ。
だが、灰馬のくれたチャンスを無駄にはしない!!
「邪魔をするなあああーーっっ!!!!」
黒剣が熱く熱を持ち、サラドラへと全力で振るった。
『へ?』
視界がずれる。
いや、炎がサラドラごとズレた。
その隙にまだ薄くなっている穴へと跳んだ。
はやく、ラビの元へ。
視界が赤から切り替わり、黒剣を構えた。
目の前でフォルテがラビの首を掴み上げ、腹を貫こうとしていた。
させるか!!!
だが、そのまま行っても間に合わない。剣に魔力を集中させ、電撃を放とうとした瞬間。
──ドスッ!
右腕を剣が貫き、魔力が霧散した。
その瞬間にもフォルテの爪がラビへと近付いていく。一秒一秒が恐ろしく遅い。はやく、一歩でもはやく。纏威を発動させて駆けようとしても、後ろからの痛みで脚が言うことを効かない。
何が起こったのかも分からないが、それでも、間に合えと、手を伸ばした。
『んー?ああ、サラドラの壁を抜けてきたのか。おめでとう。でも、残念だったなぁ』
フォルテが芋虫のように転がるオレを見てケタケタと笑う。
ラビの体が力なくぶら下がっていた。その背中に生える棘は赤くぬらぬらと照っていて、オレの視線は急速に狭くなっていく感覚に囚われた。
── 間に合わなかった。
思考が止まる。
『ねぇ、こいつ殺したい』
『だめだ。目的はそうではない。今はこれで終わりだ』
『嫌だ。こいつサラドラの胴を切りやがった。切れるはずがないのに』
悪魔がなにか言っているが、耳に入っても理解ができない。
体に力が入らない。指一本動かせない。
『あ、そうだ。せっかくだからコレ持ち帰ろう。戦利品』
『……』
『ほら行くぞ』
フォルテがラビの体と上半身のみのサラドラを抱え、翼を広げた。
(……まて、持っていかせるわけにはいかない…)
ふらつきながら立ち上がり、飛び上がったフォルテへ向かって剣を向け、投げるために力をいれた。これ以上奪われるわけにいかない。
チリッと剣に熱が沸き上がり、それが一気に全身を巡った。
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