第409話 押し込め!!.7

気が付けば、ウヴラーダ国とハシ国が陥落していた。そしてそれと同時期、なんとサーザ国が一気に攻め込まれ、それにビビったのかホールデンが降参。サーザ国は元々人口がいないから仕方ないとして、なんでホールデン。

そこまで考えて、そう言えば既にリューセ山脈の麓にあるクローズの森から攻撃を受けていた事を思い出した。限界だったか。


「ねぇ、これ不味いんじゃないですか?」


頭の中の地図を引っ張り出して思わず言った。


「ああ、不味い。非常に不味いこのままだと……」


大陸の下半分が東西に分断される。


「そこに行ってた奴らは何してんだよ」


「全滅してんじゃねーか?ただでさえ彼処は戦いにくいし」


「俺この後の悪魔の進路余裕で読めるぜ。まずハシ国の方からマゾンデ国、エトメラント国、ゾーロス国を進んでいって、板挟みにされたドーヴォ国を双方から攻めて落とす。いくらドーヴォ国が武人大国とはいえ、両側から攻められればすぐだ」


「………俺も悪魔ならそうする。そうして戦力を整えたら一気に攻め込んでくるんだろ?くそったれ」


「おお神よ。勘弁してくれ…」


オレも一緒になって天を仰ぎたくなった。


今までは、しっかりとした足場が無かったから何とか出来ていたが、国四つ吸収すれば状況は変わる。食に困ることもなければ、資源もある。もしやここの連中が雑兵ばかりなのはそれが原因なのか。


「振り回されっぱなしだ。どうにか出来ないのか?」


「北の巨人達が手を貸してくれればどうにか」


「諦めろ。彼らはそういうことに興味がない。そもそも接触できるかわからんだろう」


ロッソ・ローデアの巨人達。始まりの巨人に近い姿を持つ彼らは、人族であって人族ではない。永久凍土全てが彼らの領土であり、悠久の時を生きる種族だ。人族というより最早龍や精霊に近い存在ではなかろうか。

ウォルタリカの人達の中に流れる巨人の血は、遥か遠く、神話の時代に、巨人でありながらも小型で、ウォルタリカの地に迷い込んで出会った青年と恋に落ちた事から始まったと言われている。


ウォルタリカの人でも、巨人と出会う確率はあまりにも少なく、生涯一度も会わない人が殆どだ。


そもそも人族にローデアの地は厳しすぎて生きていけないからな。下手したら一日と持たない。


会議場が静まり返った。

皆このあまりにも酷い状況を打開できる策が見付からないのだ。


「とにかく、今は出来ることをやるしか無いですね」


ここで沈んでいても仕方がない。

こんなことをしている間にも、仲間が戦っている。沈んでいても良くなる訳じゃない。


「確かにそうだ。まずは目の前にいる敵を排除することが先決だな!」


「よし!!回復次第俺は戦場に戻るぞ!さっさと片付けて、大陸のど真ん中で胡座をかいている奴らに拳を叩き込んでやるっ!!」


ワサビナ隊長が拳を打ち鳴らし、鼻息を荒くした。

それを見て皆の表情が少し和らいだ。


「私も、また何か新しい情報が入りましたらすぐにお知らせいたします」


「次は良い知らせが良いですね」


そう言えば、エリオットが苦笑した。


「そうですね。楽しみにしておきましょう」



















ホールデン、首都コアス。


空からはシンシンと雪が降り注ぎ、国を白く染めていっていた。なんの変哲もない、冬の風景。空はどんよりと重い雲が立ち込め、呼吸をする事に白い靄が口から吐き出されては消えていく。


いつも通りの日常である。ただひとつ、悪魔に全面降伏した以外は。


タゴスは服の上から包帯が巻かれた腕をさすった。去年から続いたルツァの攻撃に軍は疲弊しきり、もはや悪魔と戦う余力は残されていなかった。だから降伏は仕方ないと言えよう。

通常だったら、いくら王の命令とはいえ、シクスガディアンが黙っている訳はない。そう思ったのだが、何故だが反発の話は少しも上がってこない。


死んでしまえば元もないと、命惜しさに悪魔に進んで生け贄を差し出し安全を保証してもらうつもりなのか?

軍の中に反対意見もあるが、だからといって命令に逆らう言は出来ない。下は上の命令に従うだけである。


「!」


足音が近付いてきている。廊下にカツカツと響くのは、踵の高い女性用の物。


視線を向ければ、一人の美しい少女が本を抱えて歩いてくる。


艶のある美しい髪の間から覗く目は儚げで、しかし腰に下がった剣を見てこの少女が守られる存在ではないのだと思い出す。

サイガ・コノン。

一年前はノノハラの後ろに隠れていた少女が、たった一年で美しく成長すると誰が思っただろうか。


次々に消える仲間に心を痛め、ノノハラまでもが行方不明になったときは壊れてしまうんじゃないかと思ったが。回復した時、コノンはホールデンの勇者として完成していた。


「コノン様、おはようございます」


声を掛ければコノンはふわりと優しく微笑み、「おはよう」と返す。


まるで別人だ。


「何処かへお出掛けですか?」


そう問い掛けたのはコノンの服装だった。

本を抱えてはいるが、服は勇者の正装をしていた。おそらく本を書室に戻してから何処かへと行くのだろう。


「ええ。ほら、彼らと和平条約結んだじゃない。その事だと思うわ」


「そうですか。大変ですね」


“彼ら”と、コノンはいう。侵略してきた悪魔をまるで知り合いの様に。


「私たち勇者はこの国を守るのが役目だから、大変な事なんて無いわ。それに、私なんかよりもシンゴの方が……、あ」


コノンが廊下の先を見る。そこにはこちらを睨み付けるもう一人の勇者の姿があった。そちらの方も一年前と比べたら大分変わってしまってるが。


移植した腕の副作用なのか白くなってしまった髪、伸びた背に、黒い腕が酷くアンバランスだったが、もう見慣れてしまった。イケタニ・シンゴがこちらを睨み付けていたが、コノンに視線を向けた。


「コノン、早く来い」


シンゴに呼ばれて、コノンは頷く。


「じゃあもう行きますね」


「行ってらっしゃいませ」


頭を下げれば足音が遠ざかっていく。

十分に遠ざかった後、タゴスは頭を上げた。


もうすぐだ。もうすぐで合図があるはずだ。


ぬるりとした気配が足から肩に這い登り、耳元で感情のない掠れた声が聞こえた。


ーー 来い。ウロ様がお呼びだ。


それだけ言うと気配が消える。

さて、俺も行かないと。

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