第284話 一人と一匹.1

空は快晴、雲は高く、まさに秋晴だった。そんな空とは対称的に大地は昨日の攻撃で大きく抉れ、酷いところだと村一つが消し飛んでいるような有り様だった。そういえば王都は湖のど真ん中にあったが無事だったのか?もっとも、引き返すわけにはいかないので確かめる術も無いわけだが。


『あーあ、もう見えないや』


「こんだけ離れて見えたら逆に怖いだろ」


『そうだけどね。よいしょ』


ネコがフードから身を起こして前方を見る。

前には特に面白いものはない。森と山脈が見えることくらいか。


『後悔してない?』


「オレにとっての最善を選んだ、と思ってる。後悔するのはこれで世界が滅んだらだよ」


『規模がでけーなオイ』


前方に見えるのは懐かしのリューセ山脈だ。大陸の半分を横断し、南北に分ける偉大な山脈。前見たときは冬だったから雪化粧がすごいと思っていたが、秋でも既に雪があるのか上の方が白い。


これを越えるには三つのルートがある。


まず山頂を乗り越えるルート。雪で命の危険はたっぷりだが、比較的魔物の出現が低い。


そして山頂の洞窟を抜けていくルート。ドワーフが掘りまくって一種の迷宮と化しているが、道を間違えなければ最短距離で行ける。魔物の出現が多めだが、何とかなるレベル。


最後に迂回ルート。

もっとも安全だがウォーロー横断してウォルタリカ近くから山脈を回り込む感じ。


と、三つ並べて一番確実なのが山脈の内部を通過する方法だ。なんせ山脈越えるとなればこの灰馬を手放さないといけない。せっかくここまで育てたんだ。手放すもんか。


そんな感じで数日掛けて北上していくと、次第に景色が変わってくる。鬱蒼と繁る森が増え、襲撃による被害の痕跡もほとんど無くなった。その代わり魔物の数が増えているのか何回か襲われたが、灰馬に追い付けるものが居なかったので、正面から来た奴のみ倒して進んだ。


「やっぱり北に向かう人が多いな」


遠目だが、避難のためか北を目指す者の姿を見掛けた。現に今も目の前にはたくさんの荷物を積んだ馬車が道路のど真ん中を進んでいる。

さらにその前にも馬車が。爬竜馬ハレーバに跨がる人もいる。この人達は、この先にあるイリオリ北部の最後の街、ルエンへと集まり、そこから護衛を雇って山脈を迂回するルートをとるのだろう。その証拠にハンターの姿もチラホラと見える。


まだ宿は必要ないが、オレも一度ルエンに寄って道具を補充しないとな。此処に来る前に狩った魔物の素材を売って、取り合えず携帯食と防寒具を充実させないと。


「キャアアアアーーッ!!!」


「!」


前方から悲鳴が上がる。

しかも一つだけじゃなく、段々増えていっている。しかも前方から身軽な徒歩で避難中の人達が転びそうな勢いでこちらに逃げてきていた。


「魔物だああ!!!」


「下がれ!下がれ!おい!!後ろの馬車を何とかしろ!!!」


「まって!彼がいない!!何処行ったの!?」


ハンター達も相手がどのくらいなのか分からず挙動不審になっているのもいるが、ランクが高いハンターは武器を手に人混みを掻き分けて進んでいく。


灰馬に乗ってたら人混みを進めないし、駆けていったハンターも多いので退治されるのを待っていると、空から何かが降ってきた。


血だらけの人間でした。

後方へ落下した人は、ゴロゴロ転がって止まったようで、呻き声を上げていた。


「これはまずいな」


顔を青ざめて引き返してきたハンターも増えてきたし、このままじゃ進めないところか犠牲者が増える。


「せいっ!」


灰馬を道の横にある森に向かわせ、走らせた。


手が入れられてない森だが、灰馬には関係ない。あっという間に大混乱している箇所まで辿り着くと、木々の間から灰色に赤い筋の入った巨体が見えた。セアカグマだ。熊型の魔物で、背中からお尻に掛けて赤い毛が生えている。性格は獰猛で、人を積極的に襲っていくという傍迷惑な習性がある。



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理由は食べるため。

セアカグマにとって人間は美味いらしい。


現に今もハンターの一人が押し倒される形で捕まって、頭を丸かじりにされる寸前だ。


「この距離じゃあのハンターも、周りにいるのも巻き添え喰らうな」


雷の矢は威力が高いが、誰かが接触してたり近くにいると、その人にも感電して被害が出てしまうので、今回は使えない。

仕方なく弓を取り出し矢をつがう。


セアカグマの右目に狙いをつけて、射った。

カァンと軽い音を立てて滑り出した矢は、見事セアカグマの目に突き刺さった。


『グォアアアアアア』


セアカグマは押さえつけていた手を離して叫んだ。その隙にハンターは手も使って逃げ、周りのハンター達も突然飛んできた矢に驚いたような反応だ。


「もう一発」


射った矢が、今度は首に突き刺さる。そこでようやくセアカグマがこちらを向いた。オレと目が合い、吼えながら突進してくる。普通、あんだけ殺気ばらまいて向かってこられたら怯むだろうに、灰馬はセアカグマに向かって牙を剥き出して唸り出している。肝が座ってるな。


「ぎゃっ!」


周りのハンターを撥ね飛ばし、セアカグマが森へと足を踏み入れる。もう周りには誰もいない。


弓をネコに預け、雷の矢を作り上げると、向かってくるセアカグマの額に向かって、一発射ち込んだ。














なんだったんだ?

と、森の近くにいたハンターは呆然とした顔で呟いた。


何人ものハンターでも苦戦を強いられていたセアカグマ。先程も一人が捕まり咬み殺されると思った時、突然森の中から矢が飛んできた。矢は性格にセアカグマの右目を貫き、次いで首にも突き刺さった。


セアカグマの皮膚は硬い。それこそ剣でもうっすら傷が付くか付かないかしかだ。矢も、正確な角度でないと体毛で弾かれる。それを普通の獣のようにちゃんと突き刺さったのだ。


しかしセアカグマとて傷を負わした物を見逃すわけもなく、森に向かってハンターを弾き飛ばしながら突進した。が、雷が落ちるのに似た爆音が轟いて、セアカグマはゆっくり速度を落として倒れた。何が起こったのか分からない。森の中を見ても暗くて良く見えない。


「なぁ、こいつ死んでるぞ!」


仲間の声で、セアカグマを仕留めた奴の顔が見てみたくて思わず森に入ったが、そこにはもう誰もいなかった。

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