第71話 監禁生活

「おい、そこの褐色茶髪。テメーにゃ聞きてぇことがある。出ろ」


「へ?」


あの後、だいぶ経ってから左右非対称の角が生えた大男がやって来て、体を休める為に寝転がっていたアウソを指差しそう言った。意味がわからず呆けていたアウソだが、男が舌打ちしつつ鞭を取り出したので慌てて立ち上がった。


「……アウソ」


「…………行ってくる。取りあえず祈っといてくれさ」


そう言ってアウソは角の大男に連行されていった。

何でアウソが連れて行かれたのか全く分からないが、無事に帰ってきますようにと必死に祈った。


(熱が出てきている)


予想通りに処置した男性が熱を出した。

息は荒く、汗をかいている。


背中が特にひどい怪我をしているから横向きにしているが、それでも痛みが強いのか苦し気に呻いている。


「おい、そいつ大丈夫か?」


「!」


上着の裂けたところを破いて作った布で汗を拭ってやっていると、後ろから声を掛けられて思わず肩が跳ねた。


「ああ、すまぬ。脅かすつもりはなかったのだが…」


「いえ、大丈夫です」


誰かと思えば、処置をする間に見張りをお願いした狼の獣人の方だった。


「………取りあえず熱が出ていますが、今のところはまだ大丈夫だと思います。そういえば、最初の時に結構あなた方も大怪我されていましたけど、何も出来ずにすみませんでした」


ドカリと隣に座る狼の獣人の方に謝ると、狼の耳がピンと立ち驚いた顔をされた。もっとも、この方は獣の血が濃いのか完全に狼の顔をしていたが、何となく分かった。


「え、いや、まぁ。うん。いやいや、俺達はあのくらいの怪我は大丈夫だ。人間と違って皮膚が多少の怪我をしてもそこまで大事にならないような構造になっているから心配はいらん。それよりも…」


一旦口を閉ざし何かを考える素振りを見せた後、再び口を開いた。


「お前は俺達みたいなのを心配してくれるのだな。……同族か?」


「人間ですよ」


「そうか、そうか。気に掛けてくれた事、深く感謝する」


後ろからパタパタ音がする。横目で確認すると尻尾が左右に激しく動いていており、嬉しそうな顔をしていた。


「俺はウレロ。ウレロ・グヴイーノだ。何か困ったことがあったら言ってくれ。肩車でも盾でもやってやる」


「オレはライハ。アマツ・ライハです。盾は遠慮しますが肩車はありがたいです」


その後、何故か獣人の方達や亜人の方達と自己紹介をし合った。こんな状況だ、どんな種族であっても協力し知恵を出し合って連れて行かれた人を取り戻し脱出しようというわけだ。


「………こっちはそんな下等種族と協力する気はない」


まぁ、みんながみんな同じ意見と言うわけではなかった。一部の人族(ひと)は冷ややかな目をしてオレ達を見ていたが、それはそれで仕方がないので同意した人達で作戦を練る事にした。






「入れ!グズグスするな!」


仮眠を取っていると、牢が開く音がして身を起こす。ふらふらとした足取りのアウソが牢に蹴り入れられていた。


角の大男が去っていくのを確認しながら倒れたアウソに駆け寄ると殴られたり蹴られたりの打ち身や擦り傷だらけだった。


「おい、大丈夫か?」


焦りつつ声を掛けるとアウソは少し頭を動かしオレを確認すると「ああ」と頷いた。


「まぁ、一応。カリアさん達の稽古に比べれば屁でもないさ。ただ、ちょっと疲れたから寝るわ…」


言い終えると聞こえ出す寝息。

取りあえず熱も出ていないから大丈夫だろう。


処置をした男性の様子を見てからオレも寝た。











何か物音がするなと方目を開けて確認すると、男がめんどくさそうに欠けた皿に盛られた数の少ない固パンと水が入った壺を牢の中に入れて去っていった。

牢に入れられて始めての食べ物だ。


取りあえず皆を起こしてパンを何とか均等に配った。


「石とか枝が入ってるな」


石みたいに固いパンを少しずつ食べていると誰かがそう言った。どうりで口の中でパンではないジャリジャリ固いものがあると思ったよ。


口の中にある固いものを取り出し目の前の格子に投げるとカツンと音をさせてそれはそのまま落下した。


「…ん?」


この格子には電気が通っていないのか?

そう思って恐る恐る指先だけ格子に触れるとバチンと勢い良く弾かれた。


「なんだよ普通に電気が通っているのかよ。いってぇー」


一瞬といえど痛かった手を振りながら後ろに下がって再びパンをかじりながら前を向くと、ビックリ顔で格子を凝視ししている人達がいた。「嘘だろ」と小さく呟くのが聞こえたから知らなかった様だ。


少しだけ痛かった手を見る。

まぁ、これでむやみに格子に触って感電するやつはいないだろう。








ずっと暗いせいで時間感覚が分からなくなってきている。聞こえるのは遠くから聞こえる悲鳴や怒声に泣き声くらい。

他にも同じく閉じ込められている人が居るようだ。

唯一、食べ物が運ばれてくるがそれさえも間隔にばらつきがあって参考にならない。


「カリアさんやキリコさんはどうしているのかな」


ふと、熱が下がり始めた男性の様子を診ながらそう口に出すと、アウソが一つ息を吐いて座り直した。


「きっと気付いて、今頃探してくれているはずさ。信じて待とう。つか、それしかできんし」


「そうだよなぁ。待つしかないってもどかしいな」


「な」


何日経っただろう。窓がないから今が朝なのか夜なのか分からない。ひたすら薄暗く、空気が淀んでいる。


特にやることもないので、ウレロに頼んで肩車をしてもらい見て無い方の魔法陣を確認しようとしたが、二メートルあるウレロに肩車されていても天井には届かなかった。どんだけ高いんだよと内心突っ込みつつ魔法陣を見ると、案の定電気を発生させる魔法陣を見付けた。


「これ、解除しちゃって大丈夫かな」


「出来るのか?」


「触れさえすれば何とかなると思うけど」


「わしに任せとけ」


「!!」


「!?」


下から低い声が聞こえたと思ったら、視界が更に高くなった。見てみると熊の獣人ベルダーさんがオレを肩車しているウレロを更に肩車していた。肩車しているやつを肩車……。


ウレロもオレを落とさないように必死にバランスを取っているが、流石に少し恐いのか尻尾に元気がない。


さっさと解除しようと上を向いたところで愕然とした。


「嘘だろ、まだ天井に届かないとか」


「え!?」


「はあ!?」


下からも驚愕の声。手を伸ばすが、指先には何も触らない。それどころか魔法陣に近付いた様子さえなかった。ならば吸収の魔法陣ならどうかと見てみれば、そちらも同様。ギリギリ手の届かない位置に鎮座していた。


一体どういう事だ!?

隣の分からない魔法陣の効果か!?


まるで狐に摘ままれたような気分で地面に下ろされた。見上げると魔法陣はダブル肩車時と同じ大きさでそこにあった。


「………魔法陣はひとまず保留にしておきましょう。意味が分からない」


「同意だ」







再びボロボロにされたアウソが戻ってきた。

怪我するのは稽古で慣れていると言っているが、それでも限度って言うものがあるだろう。

隠してはいるが、歩くときや座るときにお腹を庇うような動きを見せている。多分、見えているところよりも見えていない部分が酷くやられているのだろう。


本当は確認して処置をしたいが、もう応急道具も無くなり、手当てが出来ない。


そして、もう一つ問題がある。


「って、あぶねー」


アウソの目が良く見えてないようで頻繁に躓いていた。栄養状態が悪いせいなのか、それとも怪我のせいなのか定(さだ)かじゃない。


ゆっくり隣に座るアウソに声を掛けた。


「目、大丈夫か?」


「うーん、少し霞むけど平気さ。てかお前良くこの真っ暗な中動き回れるな」


「一応見えるくらいじゃない?」


「いや、ぶっちゃけ俺目の前にいるお前ですら見えねぇからな」


「マジか…、あ」


そこでオレの目が猫のようになっていたのを思い出した。そういえば、猫って暗い中でも見えるよな、もしかしてオレも同じ感じになっているのか?


良く良く観察すれば、夜行性らしき獣人の方は迷いもなくまっすぐに歩いているのに比べて、亜人の方や普通の人は恐る恐る足元を確認しながら動いていた。


(気が付かなかった)


初めは気持ち悪い目だと思っていたけど、こう役に立つとこの目で良かったと思うようになった。


「そういえば、猫大丈夫かな」


「猫? あ、そうだなんか違和感あると思ったら。あいつどうしたば?」


「ここに連れてこられる前に隙を見て逃がしたんだけど、なんかちゃんと二人と合流できたのか心配になってきて」


「…大丈夫だろ、あいつ足速いし」


「まぁ、猫だからな」


心配だが、多分大丈夫だろう。

なんか牢生活を続けるうちに、考え方ができるだけポジティブに向かうようになっていた。



それからしばらくはたまにゴツい人がきて笑いながら鞭や棒で殴ってくるが、それは段々慣れてきて、カリア達との修行感覚でどうやったらこのダメージを軽減できるかを模索するようになった。それでもやっぱり腹が立って反撃したら首輪や手枷から電気が流されたり、わざと格子に投げ付けられて感電させられたりするときもあった。

しかも笑いながら電気流してくる。腹立つ。


電気に耐性があるから、誰かが標的になるとわざと体当たり喰らわせて標的をこちらに替えたりしているけど、正直もう限界であった。


(絶対近くに違う魔法陣がまだあるはずだ)


隅々まで見回しても天井のやつ以外見付からないけど。

頭の回るアウソは連日の暴行でぐったりしていて寝かせているし、他の方達も疲労がピークに達しつつある。


そんな中一人格子前でぶつぶつ言いながら指を出して軽く感電してみたり、かと思えば固いパンを小さく千切って格子に投げたりしている光景は異様だろう。実際一部の人から壊れたのかと心配されたりしている。


「…そういや、チクセでの牢も電気通ってたけど、オレ達は触っても平気だったな。でも何でだ?」


違う所といえば位置関係、それと枷(余計なもの)が付いているかいないか。


「………」


何となく手枷を調べる。すると鍵穴らしきものと、何かの印が見付かった。

見たことの無い印。


寝ているアウソを起こさないように首輪を見てみると、こっちは小さくだが後ろの方に魔法陣を発見した。なんとこちらも電気の魔法陣。しかも手枷と同じ印と、それとは別の印も彫ってある。


「アウソ、おいアウソ」


「んぁ?」


「首輪と手枷に魔法陣見付けた」


「なんだって!?」

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