第70話 牢の中
どのくらい経ったのだろうか。
ぼんやりとした意識の中、引き摺られるようにして歩かされ、辿り着いたのはどっかの地下の牢の中だった。
「……マジ頭痛ぇ…」
香の効果が薄れるに連れて増す頭痛。
こめかみを押して痛みの軽減を試みるもそんなんで減るようなものではなかった。
アウソも具合が悪そうにしている。
「うぇ…でーじ気持ち悪い。何処だここ、窓もねぇし、暗くて何(なん)も見えん」
その隣で獣人の人達は香の効果が切れたとたんに格子の外へと吼える。格子の外は岩肌剥き出しの通路なのだが、元気だな。
「ふっざけんなよ!!こっからだしやがれぇ!!!」
「嫌よ!!家に帰してええええ!!!」
そしてそれに釣られて泣く子供。甲高い声が頭に響いてたまらない。
眠さがなくなる代わりの副作用なのか、酷い頭痛に耐えながら辺りを窺い見ると、暴れる人、泣きわめく人、諦めている人、警戒している人と様々だ。もちろん頭が痛くて踞っている人もちらほら。
「うるっせえぞ!!!黙ってプルプル震えてやがれ!!!」
その時、格子の向こうに人が現れ、牢の中に入ってきた。
額に光る物を装着していて顔が見えないが、手に持っているものや腰にあるものは分かった。鞭に棍棒。これ怒らせたらアカンやつや。
「出せやゴラァア!!」
「てめえ何か咬み殺してやるっ!!」
格子の近くにいた狼の獣人が怒り狂って掴み掛かろうとするが、軽く避けられ、足を掛けられて転倒する。
「グルルルル、殺してやる」
それでも男を睨み付けて狼の獣人が牙を剥き出して唸るが、男はそれを見てニタニタと笑っていた。
「おーおー、やってみろや犬っころども」
男の挑発で動けるやつらが攻撃を仕掛けるが、こちらは手枷に香の副作用でふらふら、かたや向こうは絶好調で武器有り。
あっという間に襲い掛かった奴等を全員ぶっ倒し、目が合う人、関係ない人も棍棒や鞭でストレス発散だとばかりに殴られ続け、男が牢から出ていったのはみんな地面に倒れて呻き声しか出なくなった頃だった。
オレ、初めて鞭喰らったけど、あんまりにも痛いと悲鳴も上がらないのな。しかも二回目以降記憶ぶっ飛んでいるっていうね。
特に酷かったのは始めに襲い掛かった獣人の方たち。血塗れで倒れているけど大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃないよな。でもオレも動けないから何もしてやれない。
「女とガキは檻移動だ。出ろ」
翌日、10人ほどの男どもが来て、牢の中にいる女性と子供を引きずり出していく。抵抗するものは拳を奮われ、妨害するものは鞭を振るわれる。
「いやあああ!!!あんたあああ!!!」
ある女性と子供が出されようとしているとき、家族なのだろうか。子供を抱いた女性が必死に鞭打たれている男性に手を伸ばしていた。男性も鞭を受けながらも女性、奥さんに手を伸ばそうとしている。
だが、男どもは笑いながらその手を蹴り飛ばし、指示を出していた男が牢の外から黒い小さな物を取り出して男性へと向ける。
「!!」
途端、男性は激しく痙攣し動かなくなった。
悲鳴をあげる奥さん、泣き出す子供。それを笑う男達にその奥さんも他の女性も子供達も連行されてしまった。
悔しくて堪らないが、どうすることも出来ない。
足音が遠ざかり辺りが暗くなる。
「アウソ」
「おう」
動かなくなった男性に近付き診てみると、背中の肉が裂けて白いものが剥き出しになっている箇所があった。出血も昨日の獣人の人達よりも明らかに酷い。呼吸も浅く、脈も弱い。
「やばいな」
「このままじゃすぐに死んでしまう。針と糸は無事か?」
「オレのは無事だ。アウソは?」
「俺も大丈夫みたいだ」
上着の内側に縫い付けて隠していた応急セット。もしもの時のためにとあちこちに隠し持っていたんたが、まさか役に立つ時が来るとは思わなかった。
「じゃあ俺が処置をするから、ライハは明かりを頼む」
「わかった。あ、すみません。誰が動ける方、見張りが来ないか見ていてもらっていても良いですか?」
「あ、ああ別にいいが」
オレのをアウソに渡し、近くにいた人にそう声を掛けると困惑しているが頷いた。
「さて」
魔法は使えるはずだ。多分。
掌を見る。
あの時に、リベルターがこの反転の呪いを解けなくて良かった。
天井付近を見るといくつかの魔法陣が見えるが、まぁ大丈夫だろう。
掌を擦り魔法を発動させる。電気の薄い膜が掌を覆い、明かりを発生させる。周りが「おお…」と感心したように声を漏らす。
微調整しながら光度を上げ、細部まで見えるようになった頃、アウソは隠していた針と糸、そして消毒薬を針に擦り付けて準備を済ませ処置をしていく。教えてもらったのは本当に初歩的なものだ。相手が気絶していなかったらオレが傷口近くを痺れさせて麻酔のようにしないといけなかったし、本当はガーゼも色々必要だが無いからには仕方がない。
(オレもウロさんに頼んで、簡単な治癒魔法でも教えてもらえれば良かったな)
そう考えたあと、そういえば反転の呪いで無理かと思い直した。
「ふぅ、取り合えずは大丈夫だ。あとはこの人の生命力に賭けるしかないさ」
処置が終わったようだ。
(……改めて見ると獣人系が多いな)
今此処にいるのはオレ達含め15人ほど。そのうち半数以上が獣人系や亜人系だった。
「何でだろ」
「何(ぬー)」
「獣人さんが多いと思って」
「前に言ったさ、こういうのは珍しいもの価値のあるものを優先的に持っていくって」
「……あー、言ってた気がする」
男は恐らく奴隷やバラされ用、女と子供は観賞用かあっち方面の奴隷とかにされるんだろう。
(オレは確実にバラされ用だろうな)
力無いし。
処置をした男性が寝ている。
出血が酷くてガタガタ震えていたから上着を掛けてやったら、周りの人も同じように男性に掛けてくれてた。
今は普通に寝ているけど、そのうち高熱が出るだろう。
「さてと」
立ち上がり天井を見詰める。
「どうした?」
「ちょっと確認しておきたいものがあって」
牢の奥の方に歩いて行くとそこにいた人が少しずれてくれた。ありがたい。
集中して見るとキラキラした靄が掛かっている箇所がある。
背が足りなくてよく見えないので背伸びをしていると同じように見ていたアウソが声を掛けてくる。
「あそこ何(なん)かあるば?」
「んー、何かの魔法陣があるんだけど、よく見えなくて」
「肩車する?」
「助かる」
よいしょっと、アウソが肩車をしてくれると靄が掛かっている箇所に近付いた。だが、天井は思った以上に高かったらしく上に手を伸ばしても天井にも魔法陣にも届かない。
(でもさっきよりも見えるからいっか)
集中して見詰めていると靄が消えていきその姿がはっきりと見えるようになる。
この魔法陣に掛かる靄はニック曰く意識逸らしの魔法らしい。集中して見なければ“そこには気になるものは何もない”と思い込んでしまうものらしい。魔法陣が剥き出しだとすぐに解かれてしまうし、見える罠だと簡単に避けられてしまう。そうならない為のものだ。だから魔力の高いものが“集中して見る”とその靄は消えるのだそうだ。
「だー、それ何の魔法陣だば」
「なんか、拘束具の固定のやつだと思ってたんだけど。これ吸収?と転送の魔法陣っぽい」
チクセの洞窟で腕が痺れるほどに解除してきた巨大魔法陣の一部の形状と似ている。ような気がする。
だが、その付近にあるはずの指定の印がない。
ニックが吸収する陣には必ずし“何を吸収する”指定の印があると言っていたのに。
「何を吸収してんだこれ。てか印がいくつか無いっぽいんだけど、あれとはまた違うやつなのか?」
「な、なあライハ。俺ちょっともう辛いんだけど」
「あ、ごめん下ろしてもいいよ」
取り合えずこれは保留だな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます