第65話 雨季入り
「ひでー、お前ひでーわ」
「ごめんって」
「背中にナマコモドキ滑り落とすとか、お化けか流動系動物(スライム)かと思っただろーが!」
「本当にごめんって、お詫びにこの肉あげるから」
「アタシは面白かったわよ、『ひゅぎゃあ!』って悲鳴なかなか出るものじゃないわ」
「勘弁してくださいよ、キリコさーん」
ほんの出来心で寝ているアウソの襟から、プルップルのナマコモドキを滑り込ませたらアウソが変な悲鳴を上げて飛び上がり、悲鳴で起きたキリコがそんなアウソを見て爆笑していた。
その後、無事背中からナマコモドキを取り出したアウソがオレに向かってナマコモドキを全力でぶん投げて来たので、顔面にぶち当たった衝撃でナマコモドキから吐き出された水でオレも全身濡れたけどね。でも結構面白かった。
「そういえばカリアさんは?」
「師匠なら昨日の夜、知人を見付けたからちょっと行ってくるって出てったわよ。昼前には戻るんじゃないかしら」
「やべー全然記憶無い」
「オレに果実酒の瓶を口に突っ込んで無理矢理飲ませたのは?」
「それはうっすらある」
「じゃあそれ以降か。オレそこら辺から記憶怪しいから」
まぁ、でも無事宿に辿り着けたから結果オーライなんだけど。よく酔い潰れた奴から身ぐるみ剥ぐ奴が居るのは普通だからな。
「ニャアー」
「ああ、はいはい」
肉がなくなったぞと訴える猫の皿に肉を盛ってやる。こいつもなんか今日はご機嫌だしな。
まだ咬まれてないのがその証拠だ。
「あら、もう起きてたよ?」
背後からの声に吃驚(びっくり)しつつ振り返れば、カリアが居た。いつ近付いて来ていたんだ。
「え? カリアさん!」
「師匠! 早かったのねー」
「何すかその背中の大量の荷物」
良く見てみればカリアの背中に大きな包みが三つほど。昨日は見なかったものだ。
「昨日の夜にあった知り合いにサグラマ行くって言ったら、格安でくれたんよ。しばらく滞在するからいらんって、お下がりだけど、まぁ着れるよ」
「やっぱり“持つべきは信用の有る友”ね!」
キリコがやたら嬉しそうだ。
「でも使えるなら全然うれしいですね、節約もできましたし」
「あとは寸法を合わせるだけだな」
といってもここらの服は三段階のサイズ調整が出来るようにベルトやボタンが多く付いている。だから着た後でダボつく箇所を詰めて止めるだけなので便利なのだ。
「じゃ、これおいてくるから私の分も頼んでおくよ」
「わかりました」
朝食を摂り終え部屋に戻り各人調整すると、多少大きい気がしたが特に問題はなかった。
フードがキャップの様になってるのが良いな、馬に乗っていても邪魔にならない。
ついでに駿馬用の雨具も付いてきて、これであの灰馬のストレスも軽減するだろう。
「後は、猫用のバッグが欲しいな」
最近少し大きくなった猫がフードに収まりきらなくなりつつあり、首もとが引っ張られて苦しくなってきていた。肉をあげすぎたか。
チラリと足元でうろうろしている猫を見る。
何となく、ゴツさも増しているような気がした。元々体躯の割りに足が大きいなとは思ったが、まさかまだ成長途中だったとは。
昼前に買い出しに行き、保存食を一週間分買い、事情を話して猫用の斜め掛けバッグも購入。バッグの隙間から猫が頭だけ出してニャーと鳴くと、また頭を引っ込めてゴソゴソ動く。そのうち動きが止まったと思ったら溜め息のような音が聞こえた。気に入ったようだ。
これで(猫の)持ち運びが楽になる。
その後、宿屋の馬小屋に行き、駿馬用の雨具の調整をする。特に問題がないようで良かった。
ただ、灰馬の雨具を着せられた時の馬な癖に非常に嫌そうな顔をしていたが、無視させて貰った。
馬の手綱を引き、来た方向とは逆の門から出る。時間が時間なだけあって空いていたのが良かった。
手につけられた物を取り外し、カリアがまた札を見せると、門番と一つ二つ喋ると通してくれた。
「もう乗って良いよ」
「よっと」
それぞれ馬に跨がり手綱を引き歩かせる。
一晩しっかり休ませたからか、歩みが軽い。
「ナーゥ」
猫も鞄の居心地が良いみたいで頭だけ出して外の景色を眺めていた。
天気も良いし、最高だ。
それからひたすら馬を進め丸6日。途中雨季に本格突入し雨が強くなってきた所で前方に巨大な壁が現れた。ローカス街だ。
「ほぁー、でっか」
ユラユより壁が鮮やかだ。赤く見えるから赤レンガだろうか、霧雨でもわかるくらい。
「こっから更に北の地域の道も集まってくるからね、ケソも集まってくる」
「ケソ」
ケソってなんだっけ。乳製品の何かだった気がする。
「パスタも良いわよね、ピツァも食べたくなってきたわ」
「俺はコナムンが食べたい。ケソたっぷり入れて焼いたやつ」
「でもここ素通りするんですよね」
「そう」
残念だけどね、という心の声が聞こえた。
というのも、後3日程で目的のサグラマに着くからだ。食料もまだあるのにわざわざ時間を潰す理由はない。
「はぁー、食べてぇーなぁ」
名残惜しそうにローカスから目を離さないアウソ。
「サグラマ着いたら食べようよ」
「そうね、さっさとギルド報告済まして飲み明かすの素敵よね」
「よし!そうと決まればちゃちゃっと行くよ!」
はーいと返事をしながら灰馬の手綱を引いてカリアに付いて迂回路へと進む。
思えばシルカ周辺よりも木々は減り、大分遠くまで見通せるなと気付いた。それこそ、遥か先の山が見えるくらいまで。
山の上を覆い尽くす真っ黒な雲からゴロゴロと雷の音が鳴っていた。
雨が降る。
濃厚な水の臭いを纏わせながらひたすら降り続け、雨具に当たって弾けていく。
それに混じって小さな光が一緒に灰馬の鼻先に落ちてきた。
ブルル、灰馬が鼻先に止まった小さい光を煩わしそうに震い払った。光は驚いたように飛び上がると、ふよふよと風に流されるように林のなかに消えていく。
「また出た」
「何が?例のキラキラ?」
「そう。虫かと思ってたけど違ったやつ」
雨季に入ってから見掛ける数が多い。
一度捕まえてみたけどフッと消えてしまい虫ではないと思い直し、何なのか分からず皆に言ってみたらカリアがそれは水の精霊だと教えてくれた。
「水精(スーイ)ね。それにしても精霊が見えるなんて良いね、酒屋で重宝されるよ」
「いや酒屋で働く気は無いですから」
水精(スーイ)は別名 酒精(シュセイ)と呼ばれ、清らかな水のあるところに集まり、美味い酒を作る為に欠かせないものらしい。
それにしてもまさか精霊だったなんてな。
「なんなら雨師(アマシ)とかにもなれるぞ。水精(スーイ)と契約出来ればなれるらしいし」
「うーん」
雨師(アマシ)とは雨乞い師のことである。雨乞い師と聞いて頭のなかに浮かぶのは数珠や何かの術具を振り回しながら空に向かって必死に祈りを捧げる人。
それをオレの姿にすり替えてみて、柄じゃないと頭を振った。
なによりなんか素人がやるとなると絶対動き変になるし恥ずかしい。
「向いてないわぁ」
「アタシもそう思う」
キリコが頷く。それを見てアウソは「そうかなぁ」と首を傾けた。
それから更に二日。
スォーレン街へと辿り着いた。
街中で乗馬は出来ないので馬から下りて手続きをする。
前回の事を思い出しながら係の女性が細かく編み込まれた紐をもって近付いてくると腕を出し、女性は慣れた様子で装着する。そして今度はスタンプではなく20㎝程の杖を紐に当てながら小さく「契約します、違反を犯す者は三度まで、禁忌に触れる者は容赦なし。蔓でもって拘束し罰を与えます。ティランの温情、コルナの裁きの元に」と呟いた。杖から湧き出す光の粒が紐に縫い込まれた丸い石に吸い込まれて消えると、女性がどうぞと腕を離してくれる。
何かの魔法だったのかな。
後ろに並んでいたアウソや他の旅人にも同じことをやっていた。
それにしても良く編み込まれた腕輪だ。それに良く見ると紐だと思ってたのは蔦だった。しかも小さな葉っぱ付き。
お洒落だなあと擦りながら前へと進む。
サグラマへはこのスォーレンを通過しないと辿り着けないようになっている。スォーレンはサグラマを囲うように作られた円状街で、その中心にサグラマがあるのだと教えて貰った。
何というか、面白い作りしてるなと思った。
「さて、こっからは徒歩よ。内壁からまた乗れるからそれまではめんどうだけど頑張ろう」
「あいかわらず防犯意識が徹底していること」
「ん?」
皮肉っぽく言うカリアとキリコの見つめる先で野太い悲鳴が聞こえ、オレも何だと視線を向けると緑色の紐でグルグル巻きにされたガラの悪そうな大男が道端に転がっていた。
え、何あれ。
「捕まえたぞ!この食い逃げめ!!観念しやがれ!!」
「くそっ!!計算違いだ!いきなりだなんて聞いてないぞ!!!」
そしてその後方から髭もじゃのエプロンをしたおっさんが鬼の形相でやって来てグルグル巻きの大男を引き摺っていった。
「なんですか、あれ」
「違反者よ。この街で罪を犯して、その内容と数によって拘束されるのよ。この腕輪でね」
「暴力沙汰は一つ、窃盗は二つ、人を殺めれば即拘束。そして連行されるのよ。ほら、あれ」
キリコの指差す先にいつぞや見た馬に乗った集団に似た服を着た人達が三人ほど棒を持ってやってきて、大男が引き摺っていった方向へと駆けていった。
「こんなに徹底してんのに犯罪はなかなか無くならないばーて。例えばスリとかな。いいか?子供でも意味もなく近付いてきたら警戒しろよ、子供でも窃盗団とかあるからな」
「こえーな、おい」
流石異世界。日本とは違う。
とりあえず猫は取られてはいけないと横掛けで後ろにしていた猫バッグを前の方に移動させておいた。
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