第66話 サグラマ

ローカス街くらいから前方に見える山が、目的のサグラマ。そう知ったときオレの口は開きっぱなしになった。


「普通に山だと思ってたよ」


「いや、山だよ。山に沿って建てられているだけ」


今は薄曇が掛かって分からないが、山頂にはマテラの王族が住む城があるらしい。ついでに言うと、その城に住む王族の名字がサグラマーサというから、サグラマという都市名が付いたとか。サグラマーサのサの部分何処行った。


「何処の王族も基本山みたいな所に住んでるわよ。もしくは、なんか湖の浮島とか、あれ?何処だっけ?大木のなかに都市が出来ちゃってるの?師匠何処だっけ?」


「少なくともこの周辺じゃないよ」


「木の上は良く見るけどな」


「どんな頑丈な木だ」


ツリーハウスは分かるがツリー キャッスル(城)ってどんなだよ。


想像を膨らませつつ、鞄の中からしきりに頭だけを出す猫の頭を撫でながらスォーレンの大通りを歩いている。

スォーレンは何というか、市街地の様なところだ。表通りは店が立ち並ぶが、奥の方の道に目を向けると宿屋や白煉瓦(しろれんが)の家が立ち並んでいる。


身なりも冒険者よりも一般の人が多く、何よりも裏通りで遊ぶ子供の姿を多く見る。


身なりはそこそこ良い。たまにみずぼらしい姿の人も見掛けるが、その人でさえボロいがきちんと服は着ている。

ふと、ホールデンの首都を思い出した。


そういえば、彼処(あそこ)で見る人達は、壁の近くに行くと貧しい人が多かったように思える。


「…………」


もし、シルカで拾われてなかったら、いや、シルカで別れていたとしても、オレがあんな感じになっていた可能性もあるんだよな。


無知だったよなと思う。


お金の単位も、戦い方も、地理も、当たり前の作法も知らないまま、オレはホールデンまで一人で帰れると思ってたんだよな。

今もまだまだ全然分からない事だらけだけど、それでもあの頃よりは幾分マシだろう。


(いつか、お礼しなきゃな)





2時間程歩き、白煉瓦(しろれんが)で作られた今まで見たなかでは低めの壁に到着した。壁というよりも、何だろう、堤防のような。三メートル程の壁の所々には動物の様な模様がされている。何となく牛が多い様な気がする。やたら角が立派な牛。


牛が好きなのかな。


「何してんのライハ置いていくわよ」


「あ、今行きます」


いけない。壁の観察してたら立ち止まっていた。

慌てて灰馬を引き連れ内壁の門を潜ると、既に馬に乗って進み始めていた三人に置いていかれないように乗馬して追い掛けた。


それからしばらくは眼前に広がる田園風景を眺めてのんびりと馬を歩かせていたのだが、突然冷たい風が吹いてきて、あっという間に黒雲が頭上を覆い尽くしていった。


集中豪雨に見舞われ馬を飛ばす。


雷がヤバイ。ガンガン落ちている。ついさっき向こうの畑の方に落雷したのを見たからというものあるけど、何よりここほぼ平地だから隠れられるところが無くて怖い。


「どっか隠れないとオレ達に雷が落ちちゃいますよ!?」


「何(ぬー)へー!?聞こえんよ!?」


「え!何!?ヌー!?何処ですか!?」


「何(ぬー)やが!?雨で何も聞こえん!!後にして!!」


ヤバイ、雨が強すぎて隣にいるアウソとですら会話ができない。

あまりにも雨が強いので猫を服のなかに避難させてるが、雷が怖いのかブルブル震えているし、何よりオレも怖いからさっさとサグラマの門を潜ってどっかに避難したい。


前方のカリアとキリコが何やらサインで会話をしている。いいな、オレも片手で馬を操れたらアレ出来るのに。


そう思ってると、カリアがこちらに手を向けてもっと加速するぞとサインをしてきた。

オレ、既にマックス速度なんですけど、振り落とされないですかね。


しかし、カリアにはオレの心の声が聞こえるわけもなく、前の二人がどんどん加速していくので置いていかれないようにこちらも速度をあげていった。






ガンガン馬を飛ばすこと約1時間ちょい。

サグラマにつく頃には雨はすっかり上がり、それに対してオレは。


「オェェェ……」


「お前、また馬酔いしたば」


すっかり馬酔いをしていた。

今は門近くで気持ち悪さに踞(うずくま)りアウソに背中を擦ってもらってる。


「弱いわねぇ」


「いい加減馴れるよ」


「…………」


「ライハはあの速度初めてだったんすから、もうちょい優しくしてくださいよ」


一体どれだけの速度で走っていたのか雨で分からないが、馬酔いしなくなっていたのにぶり返したってことは相当な速度だったのだろう。

だって揺れヤバかったし。


「ゲロッ……」


ついでにオレの服の中に避難させていた猫も同じく馬酔いした様で、オレの隣で吐いていた。

そしてオレはその背中を擦ってやる。


そんなオレ達を尻目に馬達は元気だ。


今も上機嫌で水溜まりを蹴飛ばしながらはしゃぎ回っている。

楽しそうで何よりだ。


気持ち悪さも治まり、テンション上がりまくりの馬をなだめながら門へ行く。猫は何故か頭の上に乗っている。そこで吐くなよ。


カリアから渡された板と腕輪を門番に見せて進んでいくと、あちらこちらの建物から国旗らしき物と、金色の角と翼が生えた雄牛の旗、そして麦だろうか?作物が太陽のマークに向かって螺旋を描く旗が風にふかれてたなびいていた。


道行く人は先程の雨で濡れたのかびしょ濡れだったが、嫌がる様子はなく、むしろその濡れた状態を楽しんでいるようだ。


子供は青色と白に染色された布を頭の上で広げて走り回っている子もいれば、鈴の付いた植物の束を振り回しながらクルクル踊る子もいる。


色とりどりの屋台が並び、客を呼ぶ声。


「祭りみたいだ」


思わず零れた言葉にカリアが頷く。


「ハーレーンっていう豊作祭りよ。水の女神に去年取れた作物を捧げて、昨年の冬前に蓄えた酒や作物を飲んで食べて、今年も実りが良くなりますように、天の機嫌がずっと良くありますようにっていうやつ」


「ハンター達が行くの嫌がってたのはこれのせいよ。天候はずっと荒れているし、虎梟(トラフクロウ)は突風で飛べないし。何より一月(ひとつき)は皆酔っぱらってるから色々めんどくさいのよ」


「一月(ひとつき)も」


確かに良くみると子供はともかく大人、特に男どもは屋台で麦酒(ビア)を飲みまくっている。


「ま、今年は職員もベロベロになってないのを祈るしかないわね」


「…………」


シルカでのあのハンター達の反応を思い出す。

そんなにめんどくさいのか、そうなのか。


馬を引き、途中でハンター御用達の宿屋に予約を入れると馬を引き取ってもらう。きちんと馬の胸元の板についている飾りを一つ取り、腕輪に取り付ける。これで盗みを防止する。


前にこれで盗まれたりしないのかと聞いたら、信用して預けてるのに盗まれたら、犯人も店もボコボコにするとの事。

だから馬の預かり人は熟練の人か、何らかの事情でハンターを止めた人がなったりするらしい。


さすがにボコボコはやりすぎではと訊ねたら、高いお金払っている対価なのに守れないのでは秩序が崩れる。と言われた。

だらといって客が高いお金払っているからといって逆に理不尽な要求を店に請求しても割りに合わないと断るし、場合によっては手が出る。


特にこの時期は酔っ払いばかりなので、変なのが多い。だから店員がいつでも反撃できるように武器を持っている。やられっぱなしは相手が調子に乗る。


客と店の立場は平等と、昔お世話になった商人に教わったとカリアが前に懐かしそうに語ってくれた。


『お客様は神様です』とかわかります?って聞いたら神は神。客は客だとバカにされた。考えてみたらそうだよな。



「では夕刻迄にはお戻り下さい」


「はい」



練習として予約を取った宿の店主から鍵を受け取り、それをカリアに渡す。鍵といっても見た目たくさん穴の空いた細長い板にしか見えない。


ちなみにカリアに預けたのはアレだ。無くしたら「窃盗・紛失容疑で拘留の上、鍵と扉の弁償代請求されるよ」とのことで怖くなったからです。

ついでに言うと払えなければ、無償奉仕で働いて返すしかないとの事。うん、甘くないね。


「さて、そのまま本ギルドに報告と、あとは正式に弟子証明書を作るか」


「これで不安定な『預かり』から解放なわけですか」


「そう、これで万が一危害加えられても報復出来るようになるわけね」


「なんでキリコさんいつもやられる前提なんですか」


「備えあれば憂い無しって言うじゃない」


「そんな意味でしたっけ?」


頭を捻って本来の意味を思い出そうとしたのだが、思い出せなくて諦めた。多分似たような意味だったような気がしないでもない。


サグラマの中心地は山だ。その麓(ふもと)近くに教会のようなものが建っていた。細かい装飾に所々に竜のようなものや角の生えた恐ろしい顔をした獣の像がこちらを睨み付けるようにいる。


サグラマにきて思うのは、やたら像が建っているのと、立派な建物の装飾がすごく細かい。中世ヨーロッパのような感じだ。だが、それと同士にアジアンチックな雰囲気もあり、それが違和感なく馴染んでいるところがなんとも面白い。


「本ギルドって、なんか今まで見たのと違う」


そしてその目的の本ギルドが、先ほど紹介した教会の様な建物である。


「村にあるのはな、宿と融合していた方が何かと都合がいいんさ。本来は独立してるもんだよ」


「へー」


中に入ればたちまちお役所のような雰囲気。

たくさんのカウンターに案内の看板。食べ物頼めるところ?ありません。

張り出されている紙に群がっている村人と、駆け出し風な容姿をハンター。そしてカウンター越しに何やら分厚い本を受付の人と話ながら捲(めく)る熟練風なハンター。


そして何故だか出入り口付近で転んだ体制で動かない人。呼吸はしているから大丈夫だとは思うのだが、一体どうしたんだろうか。


そう思ってたら酔っ払いだから近付くなとキリコに小さく注意された。


酔っ払いかよ。


良く見てみれば、向こうの方で酒瓶もったハンター同士が喧嘩してる。そしてカウンターも結構な数があるのにその半分以上の扉がしまっていた。その扉には貼り紙。豊作祭(ハーレーン)の為職員が少なくなっております。だけ書いてある。いない職員は祭りに行ってるのか?自由だな。


「オンラー!!ねーちゃん美女(ベッラ)やな!おっぱいボインボインで、おれのアッチもバインバインだから遊ばないーーっぱ!」


ゴスッと酔っ払いハンターの言葉が終わる前にカリアの手刀が綺麗に決まり、酔っ払いが床に転がった。


「行くよ」


そしてそれを無視して跨いでいくオレら。

ちなみにこれは正当防衛に当たるので違反にはならないらしい。


「じゃあ、こっちはシルカの報告してくるから、キリコとアウソはライハの所よろしく」


「了解です」


「まっかせてー」


カリアがシルカのルツァ騒動の報告をしに去っていき、オレはキリコとアウソからさらっと手続きのやり方を教えられると行ってこいと背中を押された。


なんかあったら教えに来ると言われたが、緊張するな。


事前に渡された仮登録の板を持っていざ!


「あの、す…、ハンター登録と弟子登録をしに来ました。これ、仮登録の板です」


綺麗な金髪のお姉さんが受付をしているカウンターに板を渡す。言っとくがわざわざこのカウンターを選んだ訳じゃない。近かったからだ。


「はい、確認します」


受付の人は板を手に取り裏返したり手を当てたりしたあと、確認出来ましたと言ってカウンターの下の方から茶色の紙と羽根で出来たペンを取り出した。


「文字は書けますか?」


「書けます、共通文字ですが」


「結構です。ではこちらの紙に名前と、書ける範囲の情報を記入してください」


淡々と言う受付の人から渡された紙に名前と魔法の有無、所属先、所属責任者、使い魔の有無を書く。出身は書けなかったが、不明の人はゴロゴロいるので別に書かなくても良いらしい。


所属先は何かの組織の場合。

オレの場合はフリーハンターなので、無しと記入。でも一応パーティーに入っているので所属責任者にカリアの名前を入れると、受付の人がカリアと書いた項目を指差し質問をされる。


「関係は?」


「師弟です。弟子入りします」


「では名前の横に弟子入りと記入してください」


そうして質問をされながら無事記入を終え手渡すと、受付の人は紙を隅々まで確認し、鉄のような掌に納まる程の薄い板を取り出すと、手袋を嵌めた左手を紙に、右手を板に翳(かざ)す。


「この事を彼の者へ残す為に移し刻め《記録の石》」


それぞれの手袋が光り、紙から青い糸状の光が二つの手袋を通過して板へ到達すると板から白いキラキラが漏れ出す。ほんの数秒で光は収まり、手袋を外した受付の人が板を確認するとそれを手渡してきた。


「ハンターの登録書です。無くさないようにしてください」


「ありがとうございます」


受け取り見てみると、板の中に紺色の文字で紙に書かれていた情報が記されていた。


「あとこちらも師弟の本登録致しましたので、一緒に身に付けていてください」


そして白い一回り小さな板には羅針盤に似たマーク。カリアがいつも身に付けているネックレスの飾りと同じ形状だ。


これで正式に弟子になったのか。


登録料を払い二人のもとに戻るとニヤニヤしながら待っていてくれた。二人の手にはオレがさっき貰った羅針盤マークの板と同じもの。


オレも羅針盤マークの板を二人に見せて笑った。

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