第64話 初酒は

やはり、湯屋は良いもんだ。


「あ″ー…、生き返った…」


「おっさんみたいだな」


「ほっとけ」


湯船に浸かるのも好きだが、この滝湯に当たるのも凄い好きだ。何て言うか、癖になる。


湯屋から出たぽかぽかに暖まった二人の目の前に果汁屋(かじゅうや)の看板が目に入る。まだ生乾きの猫を抱えながら迷わず寄って柑橘類を潰したジュースを購入すると、ぐいっと飲み干す。天然物の甘さが体に染み込んでくるようだ。


そういえば、と、昔温泉に行ったとき風呂上がりの牛乳が最高だったのを思い出す。


「フルーツ牛乳飲みたくなってきた」


「フルゥツギュウニュウ? なにそれ」


「牛乳、牛のミル……、えーと…牛の乳にこういう果汁を混ぜたやつ。すっげー美味しいんだ」


「へえ! なんか不思議な感じだけど、超(しに)美味そう!」


「だろ!」


聞くと、この周辺の地域は牛の乳は牛の乳、果汁は果汁と分ける飲み方が主流なので混ぜる発想は無かったらしい。


ちなみにそれを聞き耳してたらしい店員のおばさんは目をキラキラさせながら近付いてきて、その話詳しくとせがまれた為、知ってる限りの牛乳と混ぜたら美味しい飲み物を教えてあげたら、情報料だとバナナを一房くれた。

ありがたい。


嫌がるずぶ濡れ猫を布で擦り乾かしながら、宿近くの指定された居酒屋到着した。


カリアとキリコはまだ来ていないらしい。場所取りも兼ねて先に席に着き、豆の煮物をチビチビ食べながら待つことにした。


猫を膝の上に乗せ、近くを通りかかった店員に頼んで猫にも食べれそうな物を頼むと、店員は猫好きだったのか鼻唄を歌いながら(余り物といっていたがそれにしては油の滴る)肉の切れ端を「美人な猫(ガト)だから無料(タダ)であげちゃう」とサービスしてくれた。


猫が夢中で肉にかじりつく。

よほど美味しいのかいくら撫で回しても怒らない。超良い子。


豆を食べるのにも飽きてきて、周りを観察しているとやたら日に焼けた人が目立つ。ネックレスやブレスレットに貝殻や赤い石を使っていた。


「あれは海人(んみんちゅ)の印。貿易船員とか、海賊とか、あとは海遊人(んみあしばー)って海からほとんど上がってこない人たちがあれやってんのさ。お守りみたいなもんかな」


「へぇ、なんかデザインも良いし、おしゃれだな」


「本当(んじ)? じゃあルキオ着いたらオレおすすめの店紹介してやるさ」


ここでようやくカリア、キリコ共に到着し、オレ達を見付けてやって来た。


「なんか頼んだ?」


「いえ、まだです」


「注文しまーす!」


手を挙げて店員を呼ぶアウソ。

ここでは店員は自ら来ないので大声を挙げて主張しないと来ない。


「初めは無難に麦酒(ビア)にする?」


「そうね、麦酒(ビア)2つと、あんたたちは?」


「オレは茶酒(チャヂュ)。ライハは?」


「まだ飲めないので、この緑茶(りょくちゃ)で」


漢字とアルファベットが融合した文字が並ぶメニュー表を隅から隅まで流し読みながら酒が入ってないのを見分ける。

今んところ酒が入ってないのは果汁と緑茶と水のみだ。


ちなみに緑茶も苦味が異様に強い。だけど一応ちゃんとした緑茶だったから心配はないだろう。

ちなみに麦酒(ビア)は泡の少ないビールで、茶酒(チャヂュ)は茶葉から作られたお酒だそうだ。


「お待たせしました」


それぞれに机にあるメニュー表の中から食べたいものを注文していき、店員はそれらをすべてメモすると去っていった。


出てきた相変わらずトマト祭りな食べ物をたらふく食べながらこれからの道の説明を受ける。といってもこれまでの道と同様、馬で行くのでたいした事は全く無いのだが。


「問題なのは天候ね、雨季に完全に入っちゃうからここで出発前に馬用の雨具を買わないと」


「食べ物とかは」


「あーそうだ、ナマモノは腐るから乾物買わないと」


「マヌムンの素材は?チクセがあんなだったからまだ半分ほど残ってますけど」


「うーん、そうね、悪くなりやすい物は売って、そ例外はサグラマで捌けばなんとか。向こうのか買取り屋が多いし」


悪くなりやすいのは主に皮や毛。狩り取って日にちが経ってるし、何より湿度が高いとカビが生えてくる。本当は氷雹石(ひひょうせき)で凍らせたら長持ちするのじゃないかと提案したのだが、素材を入れている袋、熊呑鼠(フォベロパッテ)の頬袋は凍ると固くなり割れてしまうらしく断念した。


まぁ、ぶっちゃけ早く売り捌けば良い話なんだけど。


「そういえばここって…魔宝石…売れるところありますか?」


魔宝石を周りに聞こえないくらい小声で言うと、アウソが驚いた表情を見せた。


「そういうのはサグラマが良いとこがある。大きく言えないけど、ここはまだあっても良い所ではないよ」


「?」


「……そういうんはアレだから、気を付けんとすぐ騙そうとしてくる輩とか、盗もうとする輩が多いからな。そしていつからそんなん持ってたば。高い石持ちすぎだろ」


高い石、氷雹石(ひひょうせき)や撃炎石(げきえんせき)の事である。

そういや言ってなかったな。


「実はチクセの時、ニックさん達と向かった先で巨大で複雑な魔法陣と魔宝石があったんです。放置しててもマヌムンが寄ってくるだけだからっていくつか貰ったんです」


「にしては、臭いが無いわね。それ渡すときにニックがなんかした?」


「ですかねぇ」


ここの世界には人種は一つじゃなく、いろんな種族がいる。


例えばカリアの血に混じってる巨人種(ジャイアント)、人型になれる竜人種(ドラグナ)、竜人(ドラグナ)の血が入ってる半竜人種(ドラグーロ)、耳が長く気配察知に鋭い妖人種(エルトゥフ)、獣が混じっている獣人種(ガラージャ)、深い森に住む小人種(キジム)が有名だ。


他にも色々いるそうだが、そいつらは数が少なく住むところが限られている。


人種でも色んな血が混ざったりもして、特化した能力を持つものもいるらしいが、共通して分かるのは人種は魔力の気配を感じることができる。

といっても感じ方は様々だ。

大抵勘のような物で感じるそうだが、竜人種(ドラグナ)やキリコの種族である半竜人種(ドラグーロ)は魔力を臭いで感知する。


魔力が濃いものほど強く感じ、何か魔力封じ等の加工でもしてないとその臭いは消えない。


(言われてみれば、あの時の魔法陣は光が散ってたのに、石自体は暖かいだけで光が無かった)


渡す直前にニックがなんかしたと考えるのが自然だ。


「多分そうかもしれないです」


「じゃ、それはいつも通り隠しておくよ」


「了解です」



◇◇◇




その後、町に入って脱禁酒で浮かれに浮かれたカリアが蟒蛇(うわばみ)のごとく樽の酒を飲み干し、同じくアウソ(酔っぱらい)とキリコ(酔っぱらい)に成人ではないから飲めないと拒否したのだが、酔っぱらい共には言葉と言うものは通じないらしく果汁酒を一瓶空にさせられた。


ぶっちゃけ記憶が途中から無いのだが、気が付いたら宿屋に無事帰っており、ちゃんとベッド寝ていた。

猫も石も無事。


だが何故か上半身裸で、近くに自分のベッドに辿り着けなかったらしい二人(アウソとキリコ)が転がっていた。


酒って怖いんだな。

次飲むときは気を付けよう。


「あ、オレの上着」


そしてその先、廊下に出る扉のドアノブにオレの上着が引っ掛けられていた。その下にはキチンと靴が揃えられていた。左右反対であるが。


何となく痛い頭を押さえつつ更に見回すがカリアの姿がない。出掛けているのか。


「……お前もか」


ぐにゃんと仰向けでバンザイポーズの猫を呆れながら眺める。無防備過ぎんだろ。

せっかくなのでライトを消して写真を撮った。


さて。


「水のも」


確か1階に水汲み場が合ったはずと、ドアノブに掛かった上着を羽織り階段を降りる。


此処では各部屋から水は出ない。

一階の水汲み場で汲み、各部屋へと持ち込んで使うのだ。


「いまだにこれ使うのは抵抗あるけど、便利なんたよなー」


右手にある萎んだ昆布のような物体を見る。

それを蛇口のような物を捻り出てきた水を溜める桶に浸しておくとみるみるうちに掌程に膨らんだ。水を吸っているのだ。

これは掌程迄にか膨張しない。普通なら水を吸う能力はもう限界で桶から水が溢れ返りそうなものだが、不思議なことに桶にはこれが浸るくらいの量しか溜まっておらず、それ以上水位は上がらない。


実は、これはまだ水を吸っているのだ。


これの名前はチョスイナマコモドキ。

こいつを水に浸しておくと水を沢山溜め込み浄水。乾いたところに出すと溜め込んだ水を自身が干からびないように少しずつ吐き出す。溜め込む量は人が1週間は生活するのに困らない程度。それを水筒がわりに水袋に入れて持ち歩いているのだ。


「見た目がなぁ、ナマコなんだよなあ。よく見慣れたよオレ。そしてやっぱりどこに水溜めてんだよ」


一人チョスイナマコモドキに突っ込みを入れつつ暇なので座り込んでスマホを弄る。

イヤフォンがないから人目がありそうな所で音楽は聴けないから画像フォルダを開く。


理由はあれだ。

盗まれるといけないから。


ただスマホを弄っているだけならスマホの色か黒く、カバーが黒の地味なやつのお陰で板のような黒石を弄っているようにしか見えない。


だけど音鳴らしてたら興味持ったやつに盗られる。


モラルとか無いからな、盗られるからな普通に。奴隷とか普通の世界だから。異世界怖い。


「もうそろそろかな」


ナマコモドキが黒から透き通った水色になりつつある。これが完全に透明になり桶から水が溢れ出したら取り出して袋に仕舞う。


透明のナマコモドキを桶から取り出して袋に移動させるときに、最初の時の昆布が完全に蒟蒻(コンニャク)のような感触になっていた。触り心地は良い。


流れ出る水を掬いお腹一杯飲み干すと、ナマコモドキとは別に紐付き桶に水を入れて来た道を戻る。さて、部屋で潰れてる二人を起こさないとな。

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